2022年10月2日日曜日

日本国際経済学会@近畿大学

 近畿大学で開かれた日本国際経済学会第81回全国大会に出席しました。3年ぶりの対面(とオンラインを併用するハイブリッド)での大会です。学会の大きな効用は、人の報告を聞くこととあわせて、人と会って話(雑談)をする、そしてそれによって刺戟をうけたり、自己を顧みたりことにあると思います。その意味で、対面での学会を開催できて、とても良かったと思います。

近畿大学のある東大阪市のマスク事情もとても面白かった。このあたりは、明らかにマスク圧(マスク着用率)が低いのです。関東では、街中の人の98~99%がマスクをしていると思いますが、このあたりでは9割を切っているのです。特に、20~30代の女性がマスクを外しているというのは、日中の関東ではほぼ皆無ですが、このあたりではそういう方がちらほらおられるのです。いいですねえ。

私は、大阪というところは好きな面がある一方で、大嫌いな面もあるのですが、すくなくともこのマスク圧が低い点については、反権力で人情の濃い大阪ならではの特徴であり、素晴らしいと思いました。ただし、同じ大阪府下でも、これが大阪市内に入ると、少し事情が変わってマスク圧が高くなりはじめてしまう。それでも、ミナミだとまだマスク圧が低めなのですが、これがキタに行くとマスク圧が高くなってしまって関東とそれほど大差なくなっていました。

「河内から、日本のCovid-19騒動の終わりが始まってくれないだろうか?」、そんなことがふと頭をよぎった学会出張でした。


2022年9月3日土曜日

「ワクチンマニア」が考えるコロナワクチン(2022.9.3)

*下記は、初出2022.4.2、最終更新2022.9.3時点での私の見解であり、今後、さまざまなデータやエビデンスに接したうえで、下記の見解を修正する可能性があります(初出時以後の更新は、字句の訂正・追加のみであり、見解自体の修正はありまん)


目次

1. 私のワクチン接種経験

2. ワクチンに対する私の基本的なスタンス

3. 今回のコロナワクチンをどうみるか


1. 私のワクチン接種経験

私は、「ワクチンマニア」です。

というのも、プレ・コロナ(コロナ前)の数年間だけでも、インドやアフリカなどに行く関係で、A型肝炎、破傷風、日本脳炎、腸チフス、髄膜炎、黄熱などのワクチンを打ってきたからです。かなり多くのワクチンを打ってきた部類に入るだろうと思います。

私は、インドやアフリカに行く=ワクチンが必要」とまでは思ってはいません。医療・衛生状態の良い首都等であれば、必要ない場合も多いと思います。ただ、私の場合は、医療・衛生状態が悪い地方・農村部に行ったり、さらに農業の現場に足を踏み入れたりするため、こうしたものを接種してきたところです(なお、黄熱ワクチンについては、一部のアフリカ諸国では、WHOの定めるイエローカードを所持していないと、入国さえできませんので、そこに渡航する場合にはこれは必須です)。

具体的には、2014~18年の5年間に、以下の商品名・製造元のワクチンを打ってきました。

A型肝炎・・・商品名:Havrix(不活化ワクチン), 製造元:GSK, 接種回数:2回

破傷風・・・商品名:沈降破傷風トキソイド(トキソイド)製造元:武田薬品工業, 接種回数:3回

日本脳炎・・・商品名:JEBIK V(不活化ワクチン)製造元:阪大微生物病研究会, 接種回数:3回

腸チフス・・・商品名:TYPHIM Vi(不活化ワクチン)製造元:Sanofi Pasteur, 接種回数:2回

髄膜炎(4価)・・・商品名:Menactra(不活化ワクチン)製造元:Sanofi Pasteur, 接種回数:1回

黄熱・・・商品名:YF-Vax(生ワクチン)製造元:Sanofi Pasteur, 接種回数:1回

MR(麻疹・風疹混合)・・・商品名:MR(生ワクチン)製造元:武田薬品工業, 接種回数:1回

これらのうち黄熱については、日本で接種できるワクチンは1種類しかありませんが、腸チフスや髄膜炎では、接種できるワクチンには複数の種類があります。自分が、どのメーカーのどの商品を接種したのかは、知っておいたほうがよいと思いますし、その記録も保存しています。ちなみに、黄熱のYF-Vaxは、既に流通しておらず、いまは日本ではStamarilに切り替わっているので、これで私の接種時期をある程度推測できる、という人もいるでしょう

なお、これらの接種に要した費用は約9万円であり、全額が自費によるものです。


2. ワクチンに対する私の基本的なスタンス

ワクチンに対する私の本的なスタンスは、次の通りです。

第一は、A)多くのワクチンが人類の福祉に貢献してきた、と同時に、B)100%安全なワクチンというものはなかなかない、というものです。

第二は、したがって、ほとんどのワクチンでは、接種にともなって有害事象が生じることはほぼ避けられないが、しかし、それはあくまでもごく稀でなければならない、というものです。

一般的には、ワクチン接種による死亡等の重大な有害事象は、接種100万件あたり数回以内にとどまっている必要がある、というのが「相場」であると理解しています。また、接種にあたっては、属性によってリスクが高い場合もありますので、自分がそのハイリスクの属性の人間ではないということも、接種にあたっての当然の前提条件です(たとえば、黄熱ワクチンの場合、高齢者ではギラン・バレー症候群を発症する可能性が優位に高まるので、打つなら還暦前に済ませておくべきです)私がこれまでに接種してきたものは、いずれもこうした条件を満たしているはずです。

第三は、上記からわかるように、私はワクチン「全面推進派」でもなければ、「全面否定派」でもない、ということです。また、ワクチン推進派がB)に目を向けようとせず、逆にワクチン否定派がA)に目を向けようとしない傾向にあることを、残念に思っています。ワクチンの実相は、A)かつB)にあるのだろうと思います。

私のスタンスをあえて明示的に記せば、「個別に判断派」、「両論をよく吟味する派」でありたい、といったところでしょうか。さまざまなワクチンを打ちまくってきた「ワクチンマニア」であることは、「全面推進派」であることを意味しない、と思ってもいます。


3. 今回のコロナワクチンをどうみるか

さて、今回のコロナワクチン、とりわけ主軸となっている2つのmRNAワクチンについては、いろいろと気になることがあります。以下、それらのうち、幾つかについて記してみます。

第一に、接種にともなって生じている(と思われる)有害事象が、国際的にみても、どうも「相場」よりも多すぎるように思われます。実際、内外の研究により、有害事象が多く発生していることを示唆する論文が、米国NIHの医学論文データベース・PubMedなどでも少しずつ増えてきているようです

もちろん、このような見方に対しては、「有害事象が少々多くても、死者を大きく減らせている等の効果があるのだから、それは許容すべき」といった反論もありえます。「高齢者を守るためにみなが接種すべき」というのも、この考え方の亜種でしょう。

かし、SARS-CoV-2は、もともと致死性の高いものではありません。また、感染者のうち高齢者の占める割合は小さく、感染者の大半は、致死率の低い非高齢者です。この層が、「高齢者を守るため」という名目のもとで、一致協力して有害事象を引き受けなければならない理由は見い出しづらいと思います(私自身、冒頭に掲げた諸ワクチンの接種にあたって、「社会防衛」を目的として接種したことは一度もなく、自己を守ることだけを目的としてきました)。さらに、オミクロン株になってからは、重症化もしづらくなっています。したがって、「有害事象が少々多くても、それで死者を大きく減らせているのなら許容すべき」という考え方は、成り立ちそうにありません。

第二に、当初、ワクチンで集団免疫ができるとか、感染予防効果が高いとか、感染しないとか、発症予防効果が高いなどと喧伝されてきましたが、実際には抗体価(液性免疫)の低下スピードがかなり速いためか、感染予防効果どころか、発症予防効果さえも当初喧伝されたほどはないことが、白日の下にさらされてきてしまい、いまや集団免疫という言葉は聞かれなくなりました。他方で、重症予防効果(細胞性免疫)は2回接種でも一定程度維持されているとされています。

つまり、感染予防効果を期待するのなら、3回目を打ってもどうせすぐなくなるし、重症予防効果を期待するのならば、3回目を打たなくても(高齢者の一部や基礎疾患の保持者でもない限り)心配ない程度には維持されている、という状況になってしまったように思われます。

第三に、特に若者の場合、心筋炎などワクチン接種によるリスクが既に明確になっており、このリスクは、SARS-CoV-2に感染することに伴うリスクよりも大きいとされていることです。ワクチンの意義の評価は、単に効果があるかどうかではなくて、その効果がリスクを大きく上回るものであることが前提のはずですが、若年層であればあるほど、このことが疑わしいということが、指摘されています。

第四に、接種後しばらくすると抗体価が大きく低下するだけでなく、むしろ非接種者よりも接種者のほうがコロナに感染しやすくなっている可能性があることを示すデータが内外で出てきています(たとえば、デンマーク政府の公的データによると、未接種者の感染率がもっとも低く、ブースター接種者の感染率がもっとも高くなっています)。後述する「ADE」(抗体依存性感染増強)のことが、頭をよぎります。

第五に、EUの医薬品庁が、頻繁なブースター接種は免疫に悪影響を及ぼしかねないとする見解を出すに至っています。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-01-11/R5K5LCT0G1KZ01

https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/01/d3494731e3f47b04.html

「感染者が増えているので追加接種」ということを、いったいいつまで、またどの程度の頻度で続けるのかの見通しや判断もなしに、接種券が届いたら届くたびに漫然と追加接種することを続けるということで、果たしてよいのか。EU医薬品庁の見解は、こうした疑問を呼び起こすものです。

第六に、武漢株ベースのいまのコロナワクチンは、オミクロン株に対しては限定的な効果しかない(しかもそれは少ししか続かない)といったデータも出てきています(感染予防としては全く効果がないというデータさえ出てきています)。関連して、ワクチン接種が、いわゆる「抗原原罪」(最初に遭遇した抗原に応答するかたちで免疫機構が方向付けられることで、新しい抗原に遭遇しても応答する力が弱くなってしまう)を引き起こす可能性を指摘する声もあります。

第七に、後段で詳しく述べるように、ワクチンの効果を明らかにした論文では、この効果はRCT(ランダム化比較実験)により検証されているわけですが、このRCTのやり方が杜撰であり(これは科学を愚弄しかねないものです)、そもそもこのワクチンの有効性の高さを証明したという論文に対しての疑義が、すでに学術雑誌で議論されています。

以上をまとめると、

1)コロナワクチンでは有害事象が通常のワクチンよりはるかに多いようである、

2)オミクロンになってコロナのリスクが大きく低下した、

3)ワクチンを接種しても感染をおさえられていないのみならず、ワクチン接種後一定期間が過ぎると、非接種者よりも感染しやすくなるという報告があるなど、ワクチンの効果に疑問が出てきている、

4)いまのワクチンは武漢株ベースのためオミクロンにはこれまで以上に効かないことがはっきりしてきたのみならず、ブースター接種による免疫系への負荷も懸念される、

5)ワクチンの効果を論証した研究論文自体に、深刻で根本的な疑義が呈されている、

といったところであり、こうしたことからは、

「このコロナワクチンの性能は、きわめて『残念』なものである」、

「(非高齢の2回接種者にとっての)追加接種の必要性については、現下の状況では疑問が強まりつつある」、

という見方を退けることが、難しくなってきているように、思われます。



以下では、上記に関連して、コロナワクチン慎重派とでも呼ぶべき研究者たちの見方を紹介します(彼らの見解のすべてを支持するものではありません)。

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①名古屋大学の小島勢二名誉教授へのインタビュー

a) https://www.youtube.com/watch?v=Tzl1WxhCcnY

このインタビューの当時(2021年7月)、接種が進む中で死亡する人が増えているなかで、「接種によって死んだというのはデマである。そもそも日本では死亡者は1年で130万人ぐらい(1日では3500人以上)いるのだから、たまたま死亡と接種が重なって見えるにすぎない」といった議論が新聞報道等も含めて多かった。

しかし、このインタビュー動画をみると、「接種による死亡をデマと切り捨てるのはどうも無理がありそうだ」ということがわかる。もしこれをデマと切り捨てるのならば、死亡日は接種日と無関係でなくてはならないのに、そうはなっていないからである。


b) https://www.youtube.com/watch?v=nluR1jclL6A

ここでは、今回のコロナワクチン、特にファイザーのワクチンによる免疫への悪影響を紹介している。

具体的には、

・試験管レベルながら、コロナワクチンで作られるスパイクタンパクに対してできた抗体が自己免疫疾患を引き起こす可能性があることを示す論文が割と早い段階で公表されていた、

・2022年3月にアメリカFDA(食品医薬品局)が情報公開請求訴訟に負けて文書を公開しはじめたが、公開された文書には、ファイザーがFDAに対してワクチン接種後の副反応として30種の自己免疫疾患をかなり早い段階から報告していたことが記されていた、

・日本の厚労省のHPでも、日本国内にてギランバレー症候群などの自己免疫疾患の報告が多数出てきていることが掲載されている、

などの事実を紹介している。そのうえで、ワクチンと自己免疫疾患との間に因果関係があるのかどうかについて、どう考えたらよいのかについても議論をしている。


②新潟大学の岡田正彦名誉教授の一連の報告

https://okada-masahiko.sakura.ne.jp/

ここでは、

・ファイザーのワクチンの治験に関する論文では有効率95%となっているが、これは相対有効率のことであって、絶対有効率は0.84%である(③に詳しい)

・治験でのデータの取り方に問題があり、相対有効率はじつは19%しかない可能性がある

といったことが発信されている。じつはファイザーのワクチンの治験に関する論文への疑義は、③⑤で後述するように、海外の論文で指摘されていることで、これは今や国際的に知られているのだが、彼はこれを紹介しているのである。

岡田名誉教授の言論活動で評価できるのは、自分の見解の根拠となる論文を明記していることと、時に自分の考えを改めたり訂正したりしていることである。


③Canadian Covid Care Alliance(カナダの医師等500名によるサイト)

https://www.canadiancovidcarealliance.org/ (ハッキング対策なのかアクセスに手間がかかる。「私は人間です」にチェックを入れて画像チェックに進んでみて下さい)

[More Harm Than Good]というコンテンツの箇所で、上述したファイザー治験論文の不備・批判が、英語の動画や資料で提供されている。ただ英語であり、特に医学用語などは日本人にはちょっと難しい。そこで有志の日本人が翻訳したものがある(上記コンテンツからのリンクもあり)。

https://note.com/heian777/n/ne2b861b69ab9

https://rumble.com/vskvjf-the-pfizer-inoculations-do-more-harm-than-good.html


④宮坂昌之・大阪大名誉教授

米コロナワクチン「当面は私は打たない」 免疫学の第一人者が憂慮する「禁じ手」

https://mainichi.jp/articles/20201117/k00/00m/040/404000c

この記事を読んですぐ意味が分かるひとは、おそらくかなり少ないだろう。RCTの二重盲検法を知っていないと、何を言っているのかわからないと思われる。しかし、③をふまえてこの記事を読むと、彼の言っていることの意味がよく分かるはずである。宮坂教授は、③で指摘されているファイザーの治験論文のRCTが学術ルール的にいかがわしいことをやっていることに当初から気づいていたのである。

また、「第3相試験ではADEの可能性は調べられず、販売後に調査するしかない」、「おそらく有効性が高いことは間違いないが、そこだけに目をとらわれてはいけない」と言っていることにも注目したい。

ただし、彼は、国会でも参考人として呼ばれて、今回のワクチンに慎重なコメントを発していたにもかかわらず、その半年後には180度意見を変えてコロナワクチンを激しく推している。

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202106/0014447762.shtml

人間である以上、見解を改めることじたいは構わない。ただ、なぜ180度意見を変えたのかは知りたいところである。もしかすると、最近のご著書で書かれているのかもしれないが、未確認である。


⑤三浦医師 講演&対談 前編 「コロナワクチンと女性の後遺症 月経異常」

https://www.nicovideo.jp/watch/sm39937341

三浦医師 講演&対談 後編 「ワクチン後遺症と病院による医師への口封じ」

https://www.nicovideo.jp/watch/sm39937515

動画の前編の冒頭で、勤務先病院から職場名を出さないように言われている、それゆえ内容に疑問を呈されるかもしれないが内容で判断してほしいと言っているが、後編の動画内ではこれについて呼吸器学会でも発表していると言っているので、検索すると

https://web.archive.org/web/20220319155228/https://www.jrs.or.jp/modules/information/index.php?content_id=1824

でこの方のフルネームと職場名と思しきものがみつかる。つまり、実在の医師であることは疑わなくても良いと思われる。お写真などから見ても本人であろう

この中で彼女は、ワクチンを打つとむしろ感染しやすくなること、月経異常、流産など、これまでデマとされてきたことについて、じつは否定できない可能性があることを、海外論文の紹介というかたちで報告している。

また、②での相対有効率は19%云々というのが、BMJ(世界的に有名な医学雑誌)で議論されていたことなどもこの動画でわかる。いわゆるADE(抗体依存性感染増強)についても学ぶことができる。

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今回のコロナワクチンについては、医者、生命科学の研究者の間でも見解が割れています。非専門家には判断は難しいのですが、「医者のいうことだから」と判断を放棄して特定の見解を信じるのではなく、なるべく自分の頭できちんと考えたいものです。その際に重要なことは次のことではないかと思います。

第一に、コロナワクチンに肯定的な見解と否定的な見解の双方に接することです。かなり知性的な人であっても、人は「見たいものだけを見ようとする」傾向があるので、このことは十分に念頭に置く必要があります。

第二に、肯定的な見解であれ否定的な見解であれ論拠やデータをきちんと明示しているものを重視することです。

第三に、肯定的な見解であれ否定的な見解であれ、自らに都合のよいようにデータが提示されたり議論されたりすることが多いので、そのことに気を付けることです。

これはたとえば、「幼児の場合、追加接種しないと、重症化率が300%高い」といったデータがあったとして、それをどう受け止めるべきか、ということです。重症化率が300%高くなる(4倍多い)と聞けば、その高さに動揺して、「やっぱり追加接種が必要かも」と思う人は多いでしょう。

しかし、こういう場合は、このデータがどのようなものか考える必要があります。まず、非追加接種群では感染者10万人につき重症化した人が4人だったのに対して、追加接種群では感染者10万人につき重症化した人が1人であったとすると、それは「追加接種をしないと、重症化率が300%高い」となります。また、追加接種群では感染者1000人につき重症化した人が4人だったのに対して、追加接種群では感染者1000人につき重症化した人が1人であった場合でも、それは「追加接種をしないと、重症化率が300%高い」となります。つまり、対象群の母数がどうなっているのかをきちんと見る必要があります。

第四に、以上のうえで、肯定論と否定論の双方の議論の強みと弱みを把握することです。そして、肯定論であれ否定論であれ、自分にしっくりくる考え方が、相手側にどのように反論されているか(あるいはいないか)を追いかけることで、弁証法的に真実に近づこうとするべきです。


2022年6月4日土曜日

学会発表@弘前大学

弘前大学で6月4日に開催された、日本国際経済学会第11回春季大会に参加しました。本来であれば、弘前大学では2020年に第10回の春季大会が開催されるところでしたが、この年は、Covid-19をうけてあいにく春季大会は中止。弘前大学で開催されることは当面ないかと思っていたのですが、2年後の今年に弘前大学でリベンジ開催となりました。

そして今回は、7年8か月ぶりに、この学会で発表をしました。論題は、「誰がサブサハラ・アフリカを養っているのか? ――その穀物輸入の過去・現在・未来」。昨年に本学の紀要に投稿した論文の骨格部分を、25分という限られた時間でかいつまんで発表しました。討論者は、盟友の吉田敦(東洋大学)にお願いをしました。吉田さん、ありがとうございました。

終了後は、総勢13名で「津軽酒場 あん梅」へ。通路を挟んで反対側には、同じ人数の若者集団がいました。まだ初々しい感じで、どこかの大学の1・2年生の集団のような印象を受けました。2次会のBarでも、女子学生と思われる5名の若い女性が途中から入ってきました。若者はCovid-19を気にすることなく、やはり人と交わって成長していくべきだし、そうあって欲しいと改めて思いました。

https://hitosara.com/0006117158/


2022年6月3日金曜日

23年ぶりに恩師と会う

 6月4日の弘前大学での日本国際経済学会第11回春季大会に参加するために、弘前にやってきました。

弘前で、ひとつ、かなえたいことがありました。それは高校時代の恩師に会うこと。私は青森県の高校の出身者ではないのですが(入学した高校は岩手県で、3年進級時に北海道の高校に転校)、恩師が退職後にこの地に移り住んでいるのです。彼は私の高校時代に属していた山岳部の顧問でもあり、在学中はあちこちの山に連れて行ってもらいました。

ここで、「連れて行ってもらった」というのは、オーバーな表現ではありません。遠方で開かれる大会への往復等の際に、本当に先生の車に乗せてもらって移動していたのです。当時は、このことを何とも思っていませんでしたが、いま考えると、休日出勤以外の何物でもない。生徒ととともに休日に過ごして下さったことに、頭が下がります(もっとも、当時はワークラーフバランスという概念もなく、顧問教員の休日労働も問題視されていませんでしたが…)。

さて、恩師に会いたいと思っても、Covid-19の騒動が続くなかで、相手はすでに後期高齢者です。加えて、青森県という地方において、都会からやってくる私のような人間は、一般論としては敬遠されかねない。このような状況の中で、「酒食を共にしましょう」と声をかけて良いのかと、悩む人もいるでしょう。これについては、私も何も考えなかったわけではありません。

しかし、それは私が声をかけた相手が自己のリスク認識のもとで判断すればよいわけであり、私のほうが、声をかけること自体を遠慮する必要はないはずです(そもそも、年長者のほうが、相手を慮るあまりに、いやいや相手に合わせてしまうことは普通はありません)。それに、恩師が健在なうちにあと何回弘前に行く機会があるのかと考えると、会えるうちに「会いましょう」と声をかけたいとも思いました(もちろん、このような判断のベースに、日本人の多くはCovid-19を警戒し過ぎであるという私見があることは、否定しません)。こう考えて事前にお誘いをしたら、「嬉しいねえ」ということで、お目にかかることになりました。

恩師と会うのはじつに23年ぶりです(ちなみに23年前は、大学を卒業して間もない頃で、家に泊めてもらったかと思います。いま、昔の教え子と卒業後もこのような付き合いをしてくれる教師は、ほとんどいないでしょうねえ・・・)。夕方に会って食事をするために、まずは私の宿泊先のホテルまで迎えに来てくれるということで、ホテルの玄関前で、素顔で待っていたら、タクシーでやって来られ、降車して私を認めるなり、すぐにマスクを外して下さっての再会です。すぐにマスクを外して下さったとき、長年にわたって交流してこられた理由が分かった気がしました。要は、こういう時の感覚が合うのです。

食事の席ではいろいろな話をしました。聞いてみると、どうやらこの間、私以上に人と会って食事をしてきていたようで、はたして都会から行く私が高齢者に声掛けして良いのかという遠慮は、どうも杞憂だったようでした(笑)。と同時に、若手側が年長者に会うことを過剰に遠慮して人付き合いが滞っている局面が日本中のあちこちで繰り返されているかもしれない、という気がしました。これ自体が一つの気づきでした。

食事の席では、いろいろなことを語りました。なかでも、若者との向き合い方=教育のことは、勉強になることが多く、自分はまだまだだなと思わせられたりと、楽しくも学びとなるひと時でした。先生、また会いましょうね!


2022年4月5日火曜日

新型コロナ感染症を考える:感染経路、感染対策、コロナの今後

新型コロナ感染症も3年目に入ってしまった。行動が制限されてきた学生たちが不憫でならない。

今日は、コロナウイルスの感染経路や、感染防止対策について、私がこれまで学んできた知見やエビデンスと、私が独自に測定したデータをあわせて紹介しておきたい。また、COVID-19への対策の意義とコロナの今後も記したい。

目次

1. 誤解されてきた感染経路

2. 何が感染防止対策として適切であり、何が不要なのか

2.1 不要な「消毒」

2.2 適切な「換気」

2.3 マスクはどの程度効果があるのか

2.4 十分な換気ができない時はどうすればよいのか

2.5 小括

3. 新型コロナウイルスへの対策の必要性の有無とコロナの今後


1. 誤解されてきた感染経路

コロナウイルスは、どのように感染するのか。これまでに取り上げられてきた感染経路は、大別すると、①接触感染、②飛沫感染、③エアロゾル感染(または空気感染)の3つであった。

結論から先に言えば、①はほぼなく、③が主である。

当初、つまり2020年春頃の時点では、今思うにかなりの混乱がグローバルにみられた。たとえば、米WSJ紙も、スマホを消毒すべきかどうかという、今思うに寝ぼけた記事を書いていた。手で鼻を触ることは感染リスクがあるという話もあった。そうしたなかで、アルコール消毒というものが広がっていった。

しかし、米国CDCは既に、コロナ感染のうち、①の接触感染は感染1万件あたり1件未満、つまり感染全体の0.01%未満だとしている。要するに、「接触感染は(ほぼ)ない」というのが、世界の医学的なコンセンサスである(CDCは10万件あたり6.5件程度としているという説もあるが、出所の確認が取れていない)。

では、接触感染がないのであれば、コロナウイルスはどのように感染するのか。これについても、既に世界では医学的なコンセンサスが固まっている。③のエアロゾル感染(または空気感染)が主だということである。

人が会話をすると、エアロゾルが発生する。このエアロゾルは小さいため、口元からすぐには落下せず、閉鎖空間であれば3時間程度は浮遊することがあるとされる。感染者が発したコロナウイルスが含まれているエアロゾルを「大量に」吸い込むと、感染・発症する「可能性」が高まる。2021年春時点で、このようなメカニズムはわかっていたので、WHOや米CDCはこのエアロゾル感染(または空気感染)を感染経路とアナウンスした

ところが日本では、③のエアロゾル感染を、政府も「専門家」も認めてこなかった。③のエアロゾル感染を厚労省が認めて公表したのは、2021/10/29のことであり、それまでは①と②しか認めてこなかった。感染研(国立感染症研究所)に至ってはもっとひどく、有志による公開質問状をつきつけられたあと、2022/3/28になってようやく③のエアロゾル感染を認めたほどである。これだけでも世界の医学的コンセンサスからの文字通りの周回遅れであるが、いまだにこれが主であるとまで認めるには至っていない。

エアロゾル感染は、外ではまず起こらない。人の吐く息は、一瞬で希釈されるからである。わずかな例外は、至近距離で長時間話し込み続けた場合で、これは日本では、バーベキューにおいて、感染者が風上にいて長時間談笑していた際に、風下側にいた者が感染した事例が報告されている。初期に感染が目立ったあと徹底的に抑え込んだ中国でも、7324例の感染者の感染状況のうち、屋外での感染は1例と報告されている

②の飛沫感染はどうか。飛沫はエアロゾルよりも大きいため、通常の会話では数十センチしか飛ばずに、すぐに落下する。これが1m以上飛ぶケースは、かなり大きな声で叫んだような場合等に限定される。そこで米国は、2020年の春に、6フィートという対人距離を取ることを推奨した。これ自体がおそらく安全牌的な拡大解釈だった可能性があるが、この6フィートという距離をメートル換算する際に、さらに安全牌的な拡大解釈と四捨五入で2mにしたというのが、日本で起こったことだろう。

問題は、②の飛沫感染が、いったいどの程度起こるのだろうか、である。政府は③のエアロゾル感染を感染経路としては認めたものの、いまだにこれを主とはせず、②の飛沫感染のほうを重視している。しかし愛知県立大の清水宣明教授が言うように、「飛沫は比較的重いため、口や鼻から吐き出されると空中を漂わず、瞬時に落下します。それを鼻から吸い上げるというのは大変難しく、飛沫感染と言われているのも大半が空気感染」、というのが妥当であろう。

なお、一部の政府関係者、NHK、一部の医学者などは、③について、エアロゾル感染や空気感染という言葉を使わずに、「マイクロ飛沫感染」という言葉を使っている。なぜこのようなことを言うのか。推察するに、おそらく、飛沫感染という言葉を維持することで、素人に対しては、これまで否定してきたエアロゾル感染(または空気感染)を認めるという方向転換をしたことをぼかしつつ、玄人に対しては「マイクロ飛沫=エアロゾル」である、という言い訳ができるようにしているのだろう。つまり、感染経路についてのこれまでの周知が間違っていたことを認めたくないがゆえの、ごまかしだろう。


2. 何が感染防止対策として適切であり、何が不要なのか

感染経路とそのメカニズムがわかれば、何が感染防止対策として適切であり、何が不要であるかも見えてくる。

2.1 不要な「消毒」

まず、①の接触感染を防ぐとされてきた消毒は、そもそも接触感染じたいがない以上、「不要」の一言につきる。

実際に、千葉大学の総合安全衛生管理機構は、この間に「千葉大学での教育研究活動におけるCOVID19対策」を随時改訂してきたが(このページで更新されていく)、消毒という言葉は改訂のたびに後退しており、2021/10/1版になると、もはや消毒の必要性については、「患者発生時には、共用物の消毒・拭き掃除を行うこと」とあるだけである

つまり、大学としては、日常的な消毒、教室や会議室での手指のアルコール消毒については、まったく求めていない。この方針は、直近の2022/4/1版でも同様である。「この方針を作成した産業医は、接触感染はほぼないという世界の医学的コンセンサスを適切にふまえている」というのが、私の評価である。

単に不要であるだけならばまだしも、頻繁なアルコール消毒は、手を痛めるほか、周囲にも悪影響を及ぼす。アルコール消毒は、害悪以外の何物でもない、ということが広く理解されるべきである。


2.2 適切な「換気」

次に、もっとも重要な③エアロゾル感染(または空気感染)を防ぐのは、換気である。具体的には、CO2濃度を一定水準以下に保つべきである。では、どの程度を目指すべきか。

コロナウイルスよりも感染力の強い結核の場合、CO2濃度が700~800ppm以下であれば二次感染をほぼ抑制できるという(雑誌『選択』2022年1月号)。ただコロナウイルスの場合は、空気感染力は結核よりも低いため、さしあたり1000ppm以下が目指されている。

実際に、行政による飲食店への換気指導(客が談笑する飲食店において、CO2 濃度が1000ppm以下となるために、どのように外気の吸い込み口と排出口を設定すればよいかのコンサル)では、1000ppm以下が目指されている

同様に、千葉大学の総合安全衛生管理機構の「千葉大学での教育研究活動におけるCOVID19対策」においても、2021/10/1版からは、「講義中の講義室などでは、適宜 CO2モニターを利用し、CO2濃度が1000ppm以下になるように換気をすること」と明記されている(直近の2022/4/1版でも同様)。

それでは、CO2濃度が1000ppm以下になる換気とは、どの程度のものだろうか。私はCO2濃度測定モニターを使って、CO2濃度をあちこちで測定したので、その測定結果のうち、講義室での数値、およびそれ以外での数値を記しておきたい。


測定環境(1):

人数:最大収容人員が77名の千葉大学教育学部2号館2201教室で、51名が入室(全員がマスクを着用)。

換気:窓4か所を6~8センチ程度あける+内廊下のドア2か所を6~8センチ程度あける+換気扇(第3種)を回す

測定結果:当初(換気開始直後)は1100ppmを超えていたが、換気開始後ほどなくして1000ppmを割り込んだ後は、ほぼ900ppm台で推移(時に900ppmを割り込んだ)。長時間が経過しても1000ppmを超えなかった。

論評:この測定環境下でエアロゾル感染(または空気感染)が起こる可能性はまずない、と断言してよかろう。


測定環境(2):

人数:最大収容人員が501名の千葉大学教育学部2号館2101教室で、100余の教職員が入室(ほぼ全員がマスクを着用)。

換気:ドア2か所を一定程度あける+窓のいくつかをあける

測定結果:600ppm台で推移。

論評:この測定環境下でエアロゾル感染(または空気感染)が起こる可能性は、およそ考えられない。仮に感染者がいたとしても、全員がマスク着用なしでも、何ら問題ないレベルであろう。


換気において重要なのは、窓やドアを全開にしてはいけない、ということである。窓やドアを全開にすると、騒音被害が生じやすくなるだけでなく、何よりも暖房や冷房の効率が大きく落ちる。暖房や冷房の稼働には、エネルギーとコストを要する。換気のための窓開けは、上記からもわかるとおり、「少し」で十分であり、換気を不必要なまでに徹底しようとするあまり、化石燃料や大学予算を無駄遣いすることは、社会的にも、地球環境的にも許されない。「過ぎたるは及ばざるがごとし」は感染症対策にもあてはまる。そのためにも、CO2濃度の測定が必要なのである。


次に、教室以外でのCO2濃度は、どのように考えたらよいか。

私は、飲食店、スーパー、電車等の不特定多数が出入りする場所でもCO2濃度を測定してきたが、1000ppmを超えるところは割と限定される。もちろん、換気の仕方(とりわけ吸気口の場所や排気口の能力)や、室内の人数等によって測定値は大きく変動するので一概には言えないのだが、スーパーでは600台~800台、混雑していない飲食店でも400~900台であった。また、飲食店では、ホテルのレストランは概して成績が良かった。意外と高そうに思えたデパ地下でも、500~600台であった(ただし、これは比較的客数が少ない時間帯であり、混雑時はもう少し高いかもしれない。もっとも、1000ppmを超えることはなさそうに思われた)。

電車については、乗客の多寡、駅間距離(によって異なるドア開閉=換気の頻度)、窓を開けているかどうかで、測定結果は大きく異なる。ガラガラにすいている京成線では、500を割り込んだ。京成線やJR線の各駅停車や快速で、車内に20~40名程度の乗客がいる場合でも、600~800台である。高くなるのは長距離列車で、駅間距離が長いとドア開閉=換気の頻度が落ちるためか、たとえば東海道新幹線では2/3程度の乗車率でも1200~1400台と高くなる(2022年3月計測)。

ところで、2022/3/28に感染研が③のエアロゾル感染(または空気感染)を認めたあと、ネット界隈では、電車内での感染を恐怖する声が生じたが、そのように考える必要はない。なぜなら第一に、電車内では1000ppmを必ず超えているわけではないし、第二に、超えている場合でも多くの人は黙っていて話をしていない、つまりエアロゾルの発生はごく限られているからである。

では、逆に、CO2濃度はどこが高いのだろうか。私の計測した範囲では、じつは「自宅」ではないかと思われる。1人でいるだけで、約6畳の書斎では、1~2時間程度で、1000ppmを超えるし、約6畳の寝室でも、就寝から7時間後の朝には1200ppmを超えた。書斎や寝室よりも広いリビングでも、すぐに800~900台には簡単になる(ただし24時間空調用の吸気口はなく、風呂と台所で換気扇を24時間回している状態)。これは、すべて1人でいる時の話であり、人数が2人、3人、4人…と増えれば増えるほど、CO2濃度が高くなることは言うまでもない。

このような高いCO2濃度の家で、エアロゾル感染(空気感染)が生じないほうがおかしい。実際に、日本では、デルタ株の時点で、コロナウイルスの感染者の6割程度が家庭内感染であった。オミクロン株では、感染者の7割が家庭内感染であり、残る3割も大半が施設内(高齢者施設や幼稚園・保育所など)であるが、至極当然の話である。もっとも危ないのは、「家庭」「家族」であり、飲食店ではない。

なお、②の飛沫感染については、対策として、アクリル板や座席間の衝立、ビニールシートなどが横行している。しかし、「飛沫感染と言われているのも大半が空気感染」であると考えられること、またアクリル板や座席間の衝立、ビニールシートなどは換気を阻害しやすく、エアロゾルを含んだ空気が特定の箇所に滞留する可能性を高め感染を促進することから、基本的には不要であろう(こちらも参照)。むしろ、逆に、一部の飲食店では、サーキュレーターによりエアロゾルを含んだ空気が特定の箇所に滞留せず排出されるようにしているが、これは適切である。


2.3 マスクはどの程度効果があるのか

マスクにどの程度の効果があるのかは、感染症対策のなかでももっとも決着をつけるのがむずかしい論点である。

マスクに効果があるかどうかは、マスクの遮断性能では、じつは判定できない。なぜならば、マスクを装着することで、マスクをしない場合にはない感染リスクが生じる可能性がありえるからである。

したがって、マスクに感染予防効果がどれだけあるのかは、「富岳」のシミュレーションのようなものでは、判定できない。そうではなく、多数の人々を、マスク装着群と非装着群にわけ、どちらがどの程度感染するかどうかを比較対照してみなくてはいけない。つまり、医学薬学ではじまり、いまや社会科学にも応用されているRCT(ランダム化比較試験:randomized controlled trial)を行なわなくては、マスクの感染予防効果は判定できない。

では、マスクの感染予防効果をRCTで検証した研究成果は、あるのだろうか。これはもちろん存在するのだが、困ったことに、効果があるとする研究成果(マスク装着群のほうが感染していない)と、逆に効果がないとする研究成果(非マスク装着群のほうが感染していない)の両方があるようである。

したがって、私自身は、これについてまだ断言できるほどの結論を得るに至っていない。ただし、効果があるにしても、換気がしっかりなされていれば、至近距離で話すとき以外は不要では、というのが私の現時点での推察である。

なお、言うまでもなく、外ではマスクは(基本的に)必要ない。人の吐く息は、一瞬で希釈され、そうした希釈された空気を吸い込んでも感染には至らないからである。実際に、千葉大学の総合安全衛生管理機構の「千葉大学での教育研究活動におけるCOVID19対策」では、当初より一貫して、「建物内では原則としてマスクを正しく着用すること」としている。裏返せば、屋外でのマスク着用は、原則として必要ない、ということである。


2.4 十分な換気ができない時はどうすればよいのか

十分な換気ができない時はどうすればよいのか。これについても、世界的には既に医学的な解決策が出ている(「コロナ『空気感染』をどう防ぐか」『選択』2022年1月号)。

第一は、HEPAフィルターによる空気清浄機の活用である。これは0.3マイクロメートル以上の粒子を除去できる。市販されている空気清浄機が、この性能を満たしていればよい。感染を徹底的に抑え込んできた台湾では、いまやバスの車内にHEPAフィルターの空気清浄機が装備されるなどしている。

もっとも、この空気清浄機は広い空間では頼れない。そこで第二は、紫外線を天井付近で水平に照らす装置を使うという方法がある。壁の上部にこうした装置を設置して、紫外線によってエアロゾルに含まれたウイルスを不活化すればよいという話である。これは2021年6月に米CDCが推奨している方式であり、日本では、エアロシールド株式会社が、この紫外線照射装置を開発・生産している

要するに、少々のお金を費やせば、空気感染など恐れずに済む、ということである。このことがわかっている米国ではいま、空調換気システムの強化、HEPAフィルターを活用した空気清浄、紫外線殺菌照射(UVGI)の導入といった施策が、公的資金によって進められている。公的機関であるCDCも早くからHEPAフィルターやUVGIを精力的に紹介している


2.5 小括

○有効な対策:換気、サーキュレーター、HEPAフィルターの空気清浄機、紫外線照射装置

○不要かつ有害な対策:アルコール消毒、アクリル板や座席間の衝立、ビニールシートなど換気を阻害するもの

○有効か無効か未決着な対策:マスク



3. 新型コロナウイルスへの対策の必要性の有無とコロナの今後

ここまで、新型コロナウイルスへの対策は必要であるという前提で、記してきた。しかし、そもそも新型コロナウイルスへの対策は、どこまで必要なのだろうか。

もちろん、当初の2020年春に、欧州や米国でこれに感染した者の致死率がやや高かったのは事実である。このため、大きな恐怖心が世界中に巻き起こされた。

しかし、その後、徐々に治療プロトコルが明確になってきた。世界中の医療現場での試行錯誤とそれを検討した研究論文によって、どういった場合に、どの薬を使えばよいのかといったことが、明確になった。この結果、特に非高齢者を中心に致死率は下がった。また、賛否はともかく、コロナワクチンが開発され、重症化率が低下した。

決定的だったのはオミクロン株の出現で、これはデルタ株以前のSARS-CoV-2ウイルスとは殆ど別のウイルスとさえ言えるほど、これまでとは異なり症状が重症化しないことが明らかになってきた。

その結果生じたことは、たとえば以下のような、欧米での各種コロナ規制の緩和・撤廃である。

デンマーク:2022/2/2に、新型コロナウイルス感染症を「社会的に重大な疾患」とはみなさないとし、屋内でのマスク着用義務、飲食店や屋内施設を利用する際の「コロナパス」提示義務、検査で陽性となった場合の自己隔離義務などを撤廃。

https://www.cnn.co.jp/world/35182951.html

https://en.coronasmitte.dk/rules-and-regulations#ContentPlaceHolderDefault_footerGrid_ctl03_ctl03_panel

スウェーデン:2022/2/9に、公共の集会やイベントでのワクチン接種証明書提示要請、飲食店での人数制限、長距離公共交通機関での乗客のマスク着用義務の撤廃。2022/4/1に新型コロナウイルス感染症を「公衆衛生への脅威、社会への危機」の分類から引き下げ、感染経路の追跡と体調不良時の隔離義務の廃止、外来患者に対する新型コロナウイルス感染症のケア、治療に関する費用免除の廃止、入国時のワクチン接種証明書や陰性証明書の提示義務なども解除し2020年3月以来初めて、全ての国からの入国が可能に。

https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/02/df9aaab86221f607.html

https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/04/6271a0f90fcdc8e0.html

ノルウェー:2022/2/12に、事前の入国申請、ワクチン未接種者などに義務付けていた出国前の陰性証明書の取得、マスク着用義務、感染の隔離義務を撤廃。保育園児及び生徒・学生は症状があったとしても検査を受ける必要はない。

https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-norway-idJPKBN2KI0NR

https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=128034

イギリス(イングランド):2022/1/27に、大半の屋内施設でのマスク着用義務、大規模イベント参加時などのワクチン接種証明書または迅速抗原検査の陰性証明の提示義務を撤廃、2022/3/18より、ワクチン未完全接種者の出発前検査及び入国後検査を撤廃、2022/3/24に感染者の隔離義務を撤廃。British Airwaysも機内でのマスク義務を一部解除。

https://www.bbc.com/japanese/60460931

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR21D6L0R20C22A2000000/

https://www.uk.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00639.html

https://twitter.com/British_Airways/status/1503729049050353665

 

きりがないのでこの程度にしておくが、欧米のコロナ感染症対策の特徴は、次のように纏められる。

第一は、軌道修正が早く、かつ軌道修正を厭わないことである。

第二は、対策を次々に軌道修正するにあたり、議会などの公開の場でよく議論をしていることである。イギリスなどでは、日本のように与党の事前審査制がないので、与党からも議会で批判や対案が出てくる。このような場では、データとエビデンスに基づいた科学的な対策が公開で国民に見える形で打ち出され議論されるので、データとエビデンスに基づかない非科学的な「専門家」によって打ち出される対策は自然と排除されていく。

第三に、コロナ感染症対策にはメリットとデメリットの双方があるので、よく天秤にかけて吟味していることである。

メリットは、もちろん、死亡者の減少や医療への負荷の減少である。

デメリットは、飲食店の営業への悪影響、マスクの着用による幼児の心と脳と言語発達への悪影響、社会活動の不活発化やロックダウン等に伴う健康上の悪影響(①児童生徒の体力の低下、②成人の肥満率の上昇、③高齢者の運動不足に伴うフレイルや死亡率の増加、④アルコール摂取量の増加やメンタルヘルスの悪化、⑤家庭内暴力や自殺の増加など)、数多く挙げられる。

彼らの政策判断の根底にある基本的なスタンスは、「コロナ対策として死亡者を減らしたり医療への負荷を減らすことも重要だが、その為に感染対策を徹底するあまりに、自殺が増えたり、高齢者の体力が弱って死亡率が増加したり、長期的な健康ダメージとなる肥満やアルコールの害悪を蔓延させたり、未来ある子どもを痛めつけては意味がない」、というバランスの取れた考え方だと思われる。「多くの人が健康であることが最重要であって、リスクの程度に応じて規制を緩めたり撤廃しなければ、人々の健康と生命を最大化するという最重要目標がかえって達成されなくなる」ということだろう。このような価値判断のもとで対策を述べる人は、日本ではまだ少数派にとどまっており、政府の新型コロナウイルス対策の専門家会議委員のなかでは、大竹文雄阪大特任教授ぐらいである。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA037H30T00C22A3000000/


さて、日本で一時期よく聞かれたフレーズのひとつに、「コロナが終わったら・・・」「コロナが終息したら・・・」というものがあった。これのための方策として、私自身は2020年から2021年春頃までは、徹底的な検査と隔離により感染者数を最小化していた中国、台湾、香港、豪州、NZなどを、一つのモデルとして高く評価していた。人口当たりの感染者数が少なかったベトナムや韓国もこれに近いものとして、うらやましく思っていた。しかし、この方策で依然として人口あたりの感染者を抑え込めているのは、いまや中国と台湾だけであり、それ以外の国では感染を抑え込めなくなってしまっている。

事実として、徹底的な検査と隔離により感染者数を抑え込むことは、残念ながら極めて困難であることが明確になったと言わざるを得ない。また、途上国へのワクチン接種の展開により全地球的にこれを抑え込むという夢が語られたこともあったが、ワクチンが残念ながらいまいちの性能で、接種しても感染するので、このSARS-CoV-2が地球上からなくなることはないだろう。

では、コロナはこれからどうなるのか。

答は簡単だ。多くの人が「コロナはたいしたことがない」、「一部の高齢者を除いては重症化しないので、もうこれほどの感染対策は必要ない」、「じつはこれまでも風邪やインフルエンザに起因する誤嚥性肺炎などで多くの高齢者が死んでおり、それらの致死率はコロナと大きく変わらない」と思える、または理解できるようになった時に、コロナは終わるのである。人口当たりの感染者数が日本の10倍以上とされ、国民のかなり多くがコロナに感染した欧米が(ドイツやイギリスは2000万人以上が感染)、続々とコロナ規制を解除しているのは、オミクロン株の到来によって「コロナはたいしたことがない」、もうワクチンも多くが接種したし「一部の高齢者を除いては重症化しないので、もうこれほどの感染対策は必要ない」という共通認識が得られたからだろう。

私の考えはおかしいだろうか。日本経済新聞の4月4日付け朝刊に、感染症学の山本太郎長崎大学教授の発言が載っているが、これが私の考えとよく似ていたので、引用したい。

「オミクロン型の出現により、このウイルスが人間社会から消える可能性は小さくなった。仮に世界中の全ての人々が免疫をもったとしても、毎年約1億4000万人の新生児が生まれ、(新たに感染しうる)感受性者になる。ウイルスが生き残る貯蔵庫になる。きっと社会に定着するだろう。

一方で世界的な流行は今年のどこかで「終息」するに違いない。その終わりとは何か決まった基準があるわけではない。みなが「終息した」と思う時が終わりとなる。

(中略)

中長期的にみると、感染力が強くても病原性が低く重症化するリスクが限りなくゼロに近ければ、それは病原性の強い新型ウイルスが流行するのを防いでくれる。

穏やかな感染症と共存することは、新しい病原性の強い変異から社会を守る防波堤のようなものになる。

ワクチンとうまく組み合わせることで重症化リスクがもう少し減ればいいと思う。いずれにしてもオミクロン型の出現でコロナのパンデミックは「終わりの始まり」にきている。

日本でも、コロナに特化した感染症対策はいらない、以前の生活に戻りましょう、という状況が年内に戻ってくるだろう。」


彼の発言を、私なりに敷衍すれば、オミクロン株の出現は人類にとってはむしろ僥倖となる可能性が高い、ということだろう。

もちろん、今後、新しく病原性の強い変異株が出て来ないとは限らない。それが出てきた場合には、欧米諸国でも規制が再強化される可能性はある。しかし、いまは以前の生活に戻る時期でありそれが可能だ、というのが欧米諸国の判断だろう。

対する日本はどうか。政府も、「専門家」が集う国立の感染症研究所も、世界の医学的コンセンサスを長らく無視し、エアロゾル感染を認めてこなかった。欧米がコロナ規制を続々と緩和・撤廃する頃になってようやくしぶしぶ認めたが、コロナ自体がこれまでとは別のフェーズに入ったのに、依然として思考を転換できず、幼児・児童へのマスクを着用を強化ーー。日本の周回遅れぶりは明らかである。この国で、データとエビデンスに基づいた科学的な思考・対策は、いったいいつになったら根付くのだろうか。


2022年2月28日月曜日

年賀状から考える:老眼と腰痛

今年もたくさんの方々から年賀状をいただいた。

頂戴した年賀状を拝読して思ったことは、自分と友人が「中年」である、ということである。というのは、2~3年前から、年賀状で「老眼」や「腰痛」を訴える同年代の友人が出て来はじめていたのだが、それが年を追うごとに増えているのである。

言うまでもなく、年賀状には記していないくても、「老眼」や「腰痛」を抱えている友は多いであろうと思われる。これらを抱えている友は、実際には年賀状に記してきたよりもはるかに多いかもしれない。

かく言う私も、昨年は、いや昨年もまた、腰痛に苦しめられた。ほぼ毎年のようにぎっくり腰に見舞われているが、昨年のものはひどかった。何かにつかまることなくしては歩けないという日が、数日続いた。これは初めての経験で、改めて、長身という腰痛を発症しやすい体を呪ったものだった。しかし今回、腰痛で入院手術したという友からの年賀状を読み、まだ私のほうが恵まれているかもしれない、と思った。

私の場合、老眼は、まだごくごく初期という感じである。ただし、老眼とは別の問題として、昨年は複数の目の疾患に見舞われた。手術を受けたが、なんとなく見づらい状態を脱するには、至っていない。早くこの状態を脱したいと思うも、もう1年以上続いている。今後は、老眼の進行にも見舞われるのだろうということは、頭では理解しているつもりである。

むかし、あるベテラン研究者から、「研究者は目と腰に気を付けよ」という趣旨のアドバイスをもらったことがある。至極名言である。

IT時代は、腰と目に負担がかかる時代でもあると思う。私は普段スマホをほぼ弄らない。それは幾つかの理由があるのだが、それはともかく、普段スマホを弄らないことは、腰と目に負担をかけないというメリットはあろう。

引き続き、目と腰の両者をいたわりながら、生きていかねばならない。

2021年12月2日木曜日

年賀状を書く季節に

早いもので、年賀状を書く季節になりました。4年ぐらい前でしたか、授業の際に雑談として、年賀状を書くかどうかを学生さんに尋ねたら、「書かない」という人が圧倒的に大多数で、書く場合でも来たものへの返信的なものが数枚程度、ということだったように記憶しています。定年齢以下の人にとっては、年賀状とは「昭和の遺物」なのかもしれません。

なにしろ、いまはメールだけではなく、GAFA系のアプリや、ライン、ツイッターなど、やり取りためのオンラインツールがたくさんあります(以下、メール等と総称)。そういったものがあるなかで、なぜ年賀状なのか。いろいろな理由があるので、幾つか記してみましょう。

第一は、敢えて「つながらない」ということです。私などは、三が日にメール等でやり取りすることは、基本的に控えたい。年がら年中メールのやり取りをしているなかで、三が日ぐらいはそういったやり取りなしで静かに過ごしたい、という思いがあります。自分がそう思うだけではなく、相手に対しても、メール等で三が日にコンタクトを取るというのはディスタービングであり場合によっては不躾である、とも思います。

第二に、人間関係の濃度がさまざまなことでしょう。普段からやり取りや交流のある相手もいれば、そうではない相手もいる。そうした濃度の薄い相手に対して、年に1回、よりによって三が日にメール等でコンタクトを取るというのは、心理的にハードルが高い。逆の立場であれば、返信の内容に悩むことにもなりえます。しかし、年賀状の場合はそのようなことがない。

第三に、前項と関連して、メール等でコンタクトを取れば、返信、返信、また返信、とやり取りの応酬が続くこともありえます。そうなると、三が日であるのに、慌ただしくやり取りすることにもなりかねない。それが一人や二人であればともかく、人数が多くなれば、時間も多く割くことになります。それに対して年賀状であれば、双方送るだけで、それ以上のやり取りは発生しない。この、それ以上のやり取りをまず発生させないというのが、紙の郵送物の良いところです。

第四に、人数の問題もあります。メール等であれば、文面は相手によって使い分けることになりがちです。コンタクトを取る人数が多ければ多いほど、その使い分けによる時間コストも馬鹿にならない。対して、年賀状は基本的には文面はあまり変わりません。私の知り合いで、賀状の文面を数種類作り、相手によってそれらを使い分けている、という人がいますが、これはやや例外的ではないかと思います。

この人数の問題というのは、多くなれば多くなるほど、第一や第三の問題に影響を及ぼします。また一般的に言えば、学生さんよりも社会人、しかも年齢と人間関係が積みあがった社会人ほど、やり取りをする人は増えるので、上に記したようなメール等のデメリットと、年賀状のメリットが増えるように思います。私の場合で言えば、大学生ぐらいまでは年賀状を出すのは20~30人程度だったように記憶していますが、その後、枚数はじわじわと増えて、30代に入ると100枚を超えました(注)。ただ、お世話になった年長者が鬼籍に入られたり、終活の一環として年賀状をおしまいにされることもあり、40代に入ってからは100枚を割るようになりました。また、私などの世代では知り合いになった方に年賀状を自分から送り、それから毎年のやり取りをするようになる、ということがよくあったのですが、最近の若い方からは、知り合いになってもこのように年賀状を送られることはまずないので、やり取りする枚数が増えることはなく、減っていく一方なのだと思います。


ところで、もう1年前近くになりますが、今年(2021年)にもらった年賀状では、幾名かの方が、「今年はコロナが終わって、云々できたら・・・」と書いておられました。私などは今年2021年の元旦の時点で、2021年もコロナ継続と思っていたので、上記のように書かれていた年賀状の文面を読んでは、「いやー、それはちょっとありえないでしょう」とツッコミを入れていたのですが、ご本人たちは、これをどのような気持ちで書いておられたのか。

すなわち、「本当にそうなるに違いない」と思って書いていたのか、あるいは「そうならないだろうが、せめて賀状という文面上ではそう願うと書いておこうか・・・」という思いだったのか、このあたりのことはわかりません。

それはともかく、いま思うのは、「2022年の年賀状で、皆さんどのように書いてくるのだろうな。また、2021年の年賀状同様に、『今年はコロナが終わって、云々できたら・・・』と書いてくるのかな」ということです。これが、来月にもらえるであろう皆様方からの年賀状で、ちょっと楽しみなことです。


(注)以前に、交友関係の広い方に、何枚ぐらい年賀状をやり取りするのかを聞いたことがあります。ある学者Aと学者Bは400枚ぐらい、とのことでした。最大だったのは、私の元上司で、たしか700枚と仰っていた記憶があります。「年賀状ソフトを使うようになる前は、毎年12月になると、妻と二人で毎週土日を年賀状書きにあてていた」、とのことでした。確かにこれだけの枚数の住所を手書きとなると、1日や2日では済まないでしょうし、温かい方で、私などにも一言記して下さる方でしたので、多くの方に一言記すとなると、あて名書きについては奥様の手を借りないと・・・ということだったのでしょう。