2012年12月2日日曜日

ZARAの店頭から見える欧州アパレル産業の舞台裏

週末は、国際開発学会に出席するために、神戸大学に足を運びました。

さて、空き時間に神戸の三宮エリアを歩いていたら、スペイン・ZARAの店舗を見つけました。ご承知の通り、ZARAを展開するインディテックス社は、ファストファッション業界では、スウェーデンのH&Mに次ぐ世界第2位の売上高を誇る企業であり、日本のユニクロを展開するファーストリテイリングにとっては強力なライバルの一つです。

じつは、今年度後期の授業「社会科教材研究V」では、この種のアパレル産業を支える製縫業の新興国への進出の動向を取り上げて、学生さんたちと一緒に考えてきました。日本の店頭にならぶ衣服で、メイド・イン・チャイナが激増しはじめたのは1990年代末からですが、近年は、中国での人件費高騰をうけて、ベトナム、カンボジア、バングラデシュ、さらにミャンマーといった、新しい産地から輸入された衣服が、日本でも少しずつ増えています。わたしも、最近、メイド・イン・バングラデシュという服を初めて買いました。

では欧州のアパレル産業は、どういった国から服を調達しているのか。これを理解するためには、何と言ってもH&MやZARAの店舗に足を運ぶのが手っ取り早い。このうちH&Mについては、すでに渋谷店を訪れた経験があるのですが、ZARAについては未体験だったので、これ幸いとばかりに神戸・三宮で入店し、確かめてみることにしました。

ZARAの店頭に並んでいる服の産地のうち、印象的だった国が2つありました。一つは北アフリカで製造業が発達しているチュニジアです。聞くところでは、メイド・イン・チュニジアの服は、欧州ではちょくちょく見かけるそうですが、日本ではまず見かけません。もうひとつは、欧州最貧国の一角を占めるアルバニアです。メイド・イン・アルバニアというものは、およそ服に限らず、日本ではまず見かけないでしょう(そもそも、「アルバニアってどこ?」という方がかなりおられると思います)。と同時に、この服はいったいどういう経路で日本までやってきたのか、ということも気になります。いずれにしても、ZARAの店頭にある服のタグ一つでも、欧州アパレル産業の舞台裏(海外生産委託や輸送のあり方)を考えるきっかけになります。

ちなみに、わたしはH&MよりもZARAのほうが好みです。じつはZARAで気にいった服があったのですが、さすがに出張中に買うと荷物になるので、購入は控えました。

2012年11月17日土曜日

「誰も知らない基地のこと」

映画「誰も知らない基地のこと」を、先日見ました。

これは、沖縄、ディエゴ・ガルシア、そしてイタリアのビチェンツァといった米軍基地に悩まされている地域の人々の声と、チャルマーズ・ジョンソン、ノーム・チョムスキー、キャサリン・ラッツといった米国の世界戦略・軍事戦略に批判的な声を上げてきた学者へのインタビューとを組み合わせながら、米軍基地の世界的な展開と、それが各地で引き起こす問題を取り上げたドキュメンタリー映画です。このなかで、冷戦が終わってから、世界各地の米軍基地が冷戦中よりも増加していること、それがこの間の中東・東欧・中央アジアといった紛争地を中心に増えていることがはっきり示されていたのが、印象的でした。こういうことには、個別地域の基地(たとえば沖縄)だけを見ていると、なかなか目が行き届きません。他方で、辺野古や高江のヘリパッドを、米軍基地のグローバルな増殖過程の一環として捉えなおすことの必要性にも、気づかされます。

この映画は、首都圏では夏に公開されていましたが、先月の沖縄での米兵による暴行事件をうけて、急遽アンコール上映されています。驚くべきは、これがたったの500円で見られる、ということです。上映映画館であるUPLINKさんのこの映画に対する強い思い入れのようなものを感じます。学生さんたちに、お勧めしたい映画です。

http://kichimondai.com/
http://www.uplink.co.jp/movie/2012/3556

2012年10月15日月曜日

日本国際経済学会で報告

週末は神戸まで出張し、甲南大学にて開催された日本国際経済学会・第71回全国大会に参加しました。昨日の日曜日には、私も報告をしてきました。甲南大学には初めて足を運びましたが、緑溢れるキャンパスに、現代的で風格のある綺麗な校舎が配置されていて、とても雰囲気の良い大学でした。

学会終了後に、甲南大学の近くにて、知り合いと食事をして、最終の新幹線で帰ってきましたが、日曜夜の最終の新幹線なのに、自由席には座れないで立っている乗客がかなりいて、その混雑ぶりにビックリしました。とはいえ、品川からの総武快速線は、さすがに休日の終電ということで、ガラガラでした。

2012年9月21日金曜日

東京証券取引所を見学しました

今日は、ゼミの「社会科見学」の一環として、ゼミ生達とともに、東京証券取引所を見学してきました。また、この見学をアレンジしてくださったSMBC日興證券さんによる金融経済教育のセミナーもあわせて受講しました。

東証の見学では、TOPIXは1968年1月4日時点の時価総額を100とした指数であるとか、TOPIXの算出は毎秒毎なのに対して日経平均の算出は15秒毎だとか、新規上場の際に鳴らされる鐘をつく回数は5回と決まっているのだとか(「五穀豊穣」から5回)、証券取引になじみがあっても意外と知られていないtriviaを教えていただくことができ、楽しめました。

写真は、東証のなかの、かつて立会場だった場所にある、マーケットボードです。一時的に「歓迎 千葉大学」という表示にわざわざ切り替えていただくという、細やかなお心遣いをいただき、感激しました。



また、東証見学後のセミナーでは、1冊1700円もするテキストをはじめとして、様々な資料を頂戴したうえで、フィナンシャルプランナーの方から、金融やマネープランについて学習することができました。内容は、授業で私が教えてきたこととも接点が多かったので、ゼミ生たちにとっては、この分野に関するトピックを改めて確認したり、深めたりするまたとない良い機会になったのではないかと思います。

見学とセミナーをお世話していただいたSMBC日興證券の方によると、「セミナーの最中に寝てしまう方もおられるのだが、今日の千葉大の学生さんたちは熱心に聞いてくださったです」とのことで、ホッとしました。こういう真面目なところは、教育学部の学生の良いところだと思っています。

2012年8月17日金曜日

給料が、下がりました・・・

今日は給料日。本来ならば「うれしい日」ですが、千葉大に奉職して今回ほど「うれしくない給料日」は、ありません。もちろん、臨時給与特例法への対応と称して、今月から給料が大幅に切り下げられたからです。

ふと思い立って、5年前の同時期、つまり着任して最初の年の8月の給与明細を見て、愕然としました。なんと、着任した年よりも、手取りが減っているのです。俸給額だけで比べると、なお現在のほうがわずかに高いですが、いかんせんこの間、健康保険や年金の保険料が上がっていますし、何と言っても初年度には控除されなかった住民税が差し引かれているからです。なんだか、この5年間の教育・研究の成果を暴力的に否定された気分で、ワークモチベーションが下がりそう・・・いや、下がりました。

おそらく、着任して4年以内の方だと、俸給額そのものが着任時より下がったと思われます。また年々の昇給幅が低くなっている年長の方なども、5年前よりも俸給額自体が下がったのではないかと、思われます。

来年からは復興所得税増税も始まりますので、さらに生活が圧迫されます。まったく大学、そして政府・民主党のやり方には、困ったものです。

2012年8月2日木曜日

免許状更新講習を、行ないました

今日は、教員免許状更新講習を、朝から夕方まで行ないました。現職の学校教員が10年に一度受けなくてはいけないという、あの講習です。30代・40代・50代の学校教員計55名ほどを相手に、5時間の講義+1時間の試験でした。ちなみに私の授業の受講者の学校教員は、幼稚園・小学校・中学校・高校などさまざまですが、中学校の先生が一番多かったです。

私の講義のタイトルは、「21世紀の世界をどう見るか――人口・エネルギー・食糧から考える人類の過去・現在・未来」。内容としては、人口・エネルギー(特に石油)・食糧という3つの観点から、人類と世界経済の過去・現在・未来(21世紀)を大づかみに考える、というものでした。おおむね興味深く聞いていただけたように思います。ありがとうございます。

講義を担当してみての感想ですが、普段学生さん相手にするのとは違う、年長者を相手にすることならではの面白さが、ありました。私は専門家の端くれですが、いかんせん40代・50代の方が経験してきた1950年代・60年代の生活については、経験していないので、皮膚感覚としてはわからない部分があります。ですが今回、受講者から教えてもらったことがありました。また、「年長者ばっかりを相手に授業するのは、大変だったでしょう」と労ってくださった方も、おられました。うれしかったです。

それはそうと、受講者からのアンケートを見ていると、「暑い」とか「寒い」とか、いろいろな意見が出てきてしまいます。わたしは教室に温度計を持ち込み、28度を僅かに下回る程度で室温が維持されるよう、エアコンの調整に気を配っていました。また、エアコンの風の向きについても、受講者に直接当たることがないようにしていました。ですが、ここまでしてもなお、まったく正反対の意見が出てくるのです。一定数の人間が揃うと、本当にいろんな意見の持ち主が出てくるのだということを、あらためて痛感させられました。

2012年7月17日火曜日

学長と、団体交渉(団交)を行ないました

今日は、千葉大ユニオン(労働組合)の事務局長として、執行部の仲間とともに、斉藤学長との団体交渉に臨みました。もちろん、臨時給与特例法による、給与の引き下げをめぐってです。わたしのような准教授の場合、年収ベースで8%以上の削減になるうえに、そもそも引き下げに合理性がなく、震災復興にもかえって悪影響です(*)から、断固認められません。しかし、大学側は、組合からの要望の一部については譲歩してきましたが、大枠としては譲歩せず8月から給与削減を実施する、とのことでした。

交渉内容については、千葉大ユニオンのHPに掲載してあるので、ここでは記しません。ただ、この問題については、今後も引き続き取り組むつもりです。


(*)給与の削減によって、所得税・住民税のほか、各種社会保険料の納付額が減少します。また、消費が不活発になり、企業業績にも悪影響をあたえます。

2012年6月27日水曜日

ゼミのOGが研究室を訪ねてくれました

このところ、「超」がつくほどヒーヒー言っています。というのも、給与の大幅な削減という案が大学当局側から降って来て、それへの対応に組合の役員として追われているから、というのが大きいのですが、その合間を縫う形で6/21木曜日から6/24日曜日まで沖縄に出張していたりもしまして、体力的にもきつかったからです。

ちなみに6月23日は沖縄では慰霊の日で、沖縄にとっては特別な日です。今年は復帰40周年という節目の年、なかであの危険なオスプレイを普天間に配備という、ありえない事態が進行していくなかで、この慰霊の日の様子を現地のメディア(新聞)報道を通して知ることも、ついでながらできて、本当に良い時に訪問できたと思っています。この慰霊の日の沖縄での報道と、本土での報道とは、あまりにも違うのです。

さて話を本題に戻すと、ヒーヒー言いながらでも授業はきちんとやります。その授業を終えて、研究室で3年生のゼミ生と就職についての話をしていたところに、ちょうどこの春に卒業したOGが訪ねてくれました。聞くと仕事の帰りだそうで、今日は午後から年休を取ったそうです。ご丁寧にお土産まで持ってきてくれました(どうもありがとう!)。いろいろと仕事の話を聞かせてくれました。「卒論で統計データ処理のためにMS-Excelに慣れたのが、社会人となっていまの職場での仕事に役に立っている」と言われまして、教員としてはうれしかったです。

あともう一つ、面白かったことがりました。それは、ちょうどその場にいたゼミ生に何か就職活動のアドバイスをしてくれとこのOGに頼んだところ、このOGが言ったことが、その直前まで私がゼミ生に言っていたことと殆ど同じだった、ということです。示し合わせたわけでも何でもでもないのですが・・・。それにしても、同じメッセージをゼミ生に伝えるのでも、私が伝えるよりも、ちょっと年上のゼミの先輩が伝えるほうが説得力が高い(こともある)、ようです。私としては、これは教員として悲しむ事では別になく、むしろ同年代同士での学びあいのほうが重要なこともある、という一例だと思っています。こういう、OB/OGと現役のゼミ生との出会いの場、交流の場を作っていくのも、今後の課題かもしれません。

2012年6月11日月曜日

千葉大ユニオンの役員になりました

今日は、千葉大ユニオン(千葉大の労働組合)の定期総会がありました。

じつは今年6月から、私は千葉大ユニオンの事務局長となることが、既に過日の信任投票で決まっていました。今日は、信任された新執行部の一員として、定期総会にて、今後1年間の予算の説明をし、また簡単な挨拶も述べました。大学を取り巻く状況が厳しくなっており、給与の削減という話も出てきていますので、頑張らないといけません。

組合の使命としては、労働条件の維持改善は当然として、もうひとつ、経営のチェックというのがあると思っています。特に国立大学の場合、民間企業のように自由に給与体系をいじくることができませんので、後者の経営のチェックの重要性が相対的に増してくると思います。余談ですが、昨年オリンパスの不正会計が明るみに出たとき、「なぜ組合は黙っているのだろう」とずっと思っていたのですが、調べてみたら、じつはあの逮捕された菊川社長という人は、もともと組合の委員長だったそうです。つまり組合からすると、社長が元委員長なので、声を上げにくかったのでしょう。でも、これではよろしくないわけです。チェックのない権力が腐敗しがちというのは古今東西共通ということをかみ締めながら、任務にあたりたいと思います。

もう一つ、組合の役員をやることについてです。これについては、「時間を取られる」、あるいは「そんな時間があったら、論文の一つでも書かねば・・・」と敬遠する人が圧倒的だと思います。たしかに組合活動で時間を取られると、生涯の論文執筆本数が1本か2本は減るかもしれない。ただそれが研究者として決定的なロスかと問われると、私にはそこまで言い切る自信がありません。また、そうやって自分の時間を研究に費やしてみようとしたところで、肝心の生活のための糧を得る自分の職場がガタガタになっていったりしたら、研究どころではなくなってしまいます。これは、現下の状況では、必ずしも杞憂とは言えなくなっているように思います。

このようなことを考えるようになったきっかけの一つは、少し前にイマニュエル・ウォーラーステイン『ヨーロッパ的普遍主義』(明石書店、2008年)、を読んだことにあります。そこには、大学の厳しい将来像が示されていました。以下に引用してみます。

「20年から50年ほど先のことを考えるならば、次の3つのことが起こりうるということは、私には明らかなことのように思われる。〔第一に〕近代的大学は、知の生産の主要な場では(再生産の場でさえ)なくなってしまうということは(中略)、ありうることである」。「〔第三に〕社会科学の諸個別科学の制度は崩壊し、行政当局の支配下に入るか、あるいは場合によっては行政当局によって根本的な再編(それがどういったかたちになるかはきわめて不透明だが)を強いられる可能性がある」(同書、p.136)。

いつもながら、ウォーラーステインの提示する将来像は、いろいろな事を考えさせてくれます。行政当局による根本的な再編というのは、たとえば財政状況が極度に悪化して、国民への行政サービスが大きく切り下げられるような時に現実化するかもしれない、などと想像してしまいます。

大学を取り巻く構造をロングスパンで考えながら、1年間、役職をまっとうしたいと思います。

2012年6月2日土曜日

国際開発学会春季大会@横浜

国際開発学会の第13回の春季大会のために、横浜国立大学まで足を運びました。国際開発学会に出かけるのは久しぶりで、春季大会への参加はよく考えたら初めてでした。

学生時代に4年間横浜に住んでいた私ですが、横浜国立大学に出かけるのはじつは初めてでした。横浜国大の常盤台キャンパスは、横浜駅からバスで20分ぐらい(または地下鉄+徒歩で20分ぐらい)のところにありますが、ご承知のとおり横浜は坂がとても多いところで、横浜駅から横浜国大まで向かう途中も、結構な上り坂となっています。のみならず、大学の最寄のバス停を降りてから、キャンパスにたどり着くまでにも、またまた坂を上らなくてはなりません。当日は比較的涼しかったのですが、それでも汗が滲みそうでした。暑い季節には、教室にたどり着く前に汗ダラダラになりそうです。最寄り駅から近く、しかも道もフラットな千葉大は、この点でたいへん恵まれていることに、気づかされました。もとより坂が多いと、足腰は鍛えられそうです。また、おそらくキャンパスからは富士山が見えるのではないかと思います。公平を期すために、こういうメリットが横浜国大にはあることも、記しておかねばならないでしょう。

学会のあとは、在横浜の知人と食事をしてきました。なんでもこの方は、高校のときに横浜国立大学に出かけて、その急坂に驚き、横浜国大を志望するのをやめたとか。ちなみに横浜国大は、むかしは清水ヶ丘にキャンパスがあり、ここは今は「清水ヶ丘公園」になっています。私は大学時代にこの公園の近くに住んでいたのでよく知っていますが、ここも急坂を登らないとたどり着けないところでした。

横浜というところは異国情緒漂う街として全国的にも人気がありますが、人によっては、坂に閉口させられる街かもしれません。特に高齢となり足腰が弱ってくると、場合によっては外出もままならなくなるとか、いろいろ厄介な面もありそうな気がしますし、そう考えると千葉市というのは良いところかもしれません。こういうことは、学生時代の若い時分には気がつきませんでした。年をとることによって初めて、気づくこと、見えてくることが、あります。

2012年5月30日水曜日

OB訪問

今日は、ゼミのOBが、研究室を訪ねてくれました。学校教員となった教え子で、一年ぶりの再会でした。

昨年の訪問時と同様にちょうど中間テストの時期だということで、たまたま早く帰宅できる日だったようで、普段は授業準備と部活指導に忙しいなか足を運んでくれました。授業での工夫を聞かせてもらったり、授業ノートを見せてもらったりして、教員として着実に成長しているさまを、はっきりと感じることができました。

私もそうですが、最初から授業がうまく出来る人というのは、皆無ではないにしろごく僅かしかいません。そういう意味では、知識の絶対量よりも、つねに知識を吸収し続けようとする姿勢や、自身の授業内容を省みてブラッシュアップしようとするマインドのほうが、遥に重要です(そもそも20代の人間の知識量など、しょせん限られています)。よい教員になれるかどうかを左右する要因は、こういう姿勢やマインドを持ち合わせているかどうかではないかと思います。訪ねてきてくれたOBはまだ二年目ですが、授業での工夫ぶりや方法などは、今後も確実に成長していってくれること間違いない、と確信させてくれるものでした。更なるご活躍を期待しています。

2012年5月18日金曜日

アフリカ経済研究会@明治大学

今日は、明治大学でのアフリカ経済研究会に出席し、小林周さん(慶應SFC研究所上席所員)のご報告「カダフィ後の新生リビアを訪問する」を拝聴してきました。

リビア内戦の経緯や、現在のリビア国内の政治情勢といった最近の動向はもちろんのこと、リビア史におけるカダフィ政権の位置付けや、リビアの東部(トリポリタニア)・西部(キレナイカ)・南部(フェザーン)という3つの地域的特性なども勉強することができました。日本では、リビア内戦をめぐる報道はNHKも含めてすべてが、「東部と西部が対立している」という図式になってしまっており、南部が独自性を持った地域として存在していること自体が認知さえされていないような状況なので、この地域的特性の点を特に興味深く聞きました。南部には少なからぬ外国人(ブラック・アフリカン)が流入しているのだそうです。また、リビアと北朝鮮、リビアと中国の関係なども伺うことができました。

リビアの今後についてですが、おそらく「アフガン化」はしない、というのが小林さんの見立てでした(私もそう思います)。とはいえ、国家再建に向けた前途はなかなか多難で、既に「カダフィ時代のほうが良かった」というような声も出ているそうです。新政権は、地域間の対立と地域格差を乗り越え、復興・再建の果実を国民にあまねく行き渡らせなければなりません。さもなくば、国民が新政権に納得できず、ひいては再度の混乱もありうるのかもしれません。今後に注目です。

2012年3月23日金曜日

卒業式

今日は卒業式でした。昨年は、3.11の直後ということで、謝恩会も中止になりましたが、今年は参加することができました。卒業生からは、わざわざプレゼントまで頂戴してしまいました。招待してくださっただけでも十分なのに。気を遣わせてしまって申し訳なく思っています。この場でお礼を述べたいと思います。


演習室で、ゼミ生たちと写真を撮りました。ご活躍をお祈りしています。

2012年2月9日木曜日

私はどのように成績をつけているか

学期末試験が終わりました。今日は、私がどのように成績をつけているのかについて、ご説明いたします。

私は、多くの授業科目で、レポートではなく筆記試験を課しています。千葉大に奉職した最初の年は、論述のみの出題だった科目もありましたが、2年目からは、どの科目でも穴埋め問題と論述問題とを併用しています。

まず穴埋め問題の採点については、正答を記した答案用紙を脇に置き、これを見ながら丸付けをしていきます。なかには、語句の書き間違えなど、微妙な判断を要するものも出てきますが、これらについては、その時の配点なども勘案しながら、対応方針を決めます。

次に論述問題についてですが、これについては、いきなり採点することはありません。まず、答案を20~40枚ぐらい読みます。こうして、よく書けている答案を探し出し、それに95%以上の高い点数を付与します(場合によっては満点とすることもあります)。また、全体的な出来具合や記述の傾向を把握し、よく書けている答案の出来具合と比較しながら、採点基準を決めていきます。こうして採点基準が固まってから、はじめて採点に取り掛かります。

この論述の採点にあたっては、休み休みやるわけにはいかず、まとまった時間をつくって一気に答案を読み進めていかねばなりません。というのは、論述の採点ですので、時間をかけていればいるほど、採点基準がブレる恐れがあるからです。しかし、同じような記述のものを大量に読み続けるので、どうしても飽きてくるし、集中力も落ちてくるし、決して楽とは言えない作業です。こうしたなかで、思わず惚れ惚れするような優れた答案に出会うと、疲れも多少は和らぎます。他方で、私の授業での説明を曲解した答案に出会うと、疲れが倍増しそうになりますが、しかしこの種の誤答は、私の授業(での説明方法)を改善する上での手がかりとなるものなので、きちんとメモしておきます。

こうして一通り答案を採点し終えたら、まず、点数の計算間違いをしていないかどうかを確かめます。人間は不完全な生き物である以上、単純な計算間違えをやらかすこともありえますので、この作業は必須です。

次に、学籍番号と氏名が記されたMS-Excelファイルに、ひとりずつ点数を入力してきます。その後、このファイルへの入力そのものに間違いがないかどうかを、答案と照らし合わせながらすべて確認していきます。

さて、普通の教員の場合だと、これで採点作業は終わりかも知れません。しかし私はそうではありません。ここから時間がかかるのです。

まず、Excelの関数を使ってテスト受験者の評定平均を計算し、これが1.0を下回らないかどうかをみます。このとき、1.0を下回っていた場合は「採点が厳しすぎた」と捉え、平均点を少し上げる方法を考えます。具体的には、論述の採点基準を少し緩めるとか、穴埋め問題の配点を変更する(不正解の多い問題の配点を低くする代わりに、正解の多い問題の配点を高くする)とか、あるいは全員に一律に1点加点するといった方法がありえます。ここで論述の採点基準を少し緩めたりした場合には、また採点のし直しになりますので、大変な作業が待っています。ただし過去2年ぐらいは、当初の採点で評定平均が1.0を下回ったことは、ありません。

こうして評定平均が1.0を越えたことを確認したら、次に、不可になった人のうち、60点のボーダーラインにギリギリ届かなかった人(おおむね55点以上)の人の答案を、再度確認します。つまり、本当に不可にして良いかどうかを、確認するわけです。そのために、該当者すべての答案を再度読んで、採点そのものに間違いがないかどうかをチェックします。穴埋め問題の確認は簡単ですが、問題は論述問題の確認です。というのは、論述問題については、読んでいるときに採点基準が微妙に揺らいでしまい、同じような出来具合であっても点数が1~2点程度ズレることがあり得るからです。こうした「揺らぎ」で、本来は単位を取得できる学生が不可になるということは、許されないことだと私は思っているので、この確認は絶対に欠かせません。

しかし、この確認作業には結構時間がかかります。「この人を本当に不可にして良いだろうか、何か不当に評価を低くしてしまっているということはないだろうか」と自問自答しながら逡巡してしまうからです。ボーダーラインぎりぎりの学生が多ければ多いほど、この確認に時間がかかります。それはともかく、この確認をしていくなかで、稀に、「当初59点だったが60点で通して良い」という方が出てくることがあります。ですが、多くは、悩みに悩んだ末に、「やはりダメだ、単位を出すわけにはいかない」という結論に達します。このようなプロセスを経ているので、この種の答案についてはすべて、「どこがどのようにダメで単位を出せないか」を明確に説明できる状態になっています。

このように、評定平均を計算するところ以降の作業には、おおむね1日を要します。場合によっては複数日にまたがって逡巡することも、あります。悩んでしまって眠りが浅くなることさえあります。非常に真摯にやっており、かなり神経を使っています。

ここまでをまとめますと、私は単に採点し入力して終わりではなく、①点数の計算間違いがないかどうか、②Excelファイルへの点数の入力に間違いがないかどうか、③本来は可であるべき人を間違えて不可にしてしまっていないかどうか、というように、三重のチェックをして成績をつけている、ということです。他の教員がどのように採点しているかは知りませんが、おそらくここまで丁寧にやっている教員は、なかなかいないだろうと思います。私は、間違いのないよう真摯に、かつかなり神経を使いながら、何段階もの確認を経た上で成績をつけているのだということを、声を大にして強調しておきたいと思います。

もちろん、人間のやることですから、ここまでやっても絶対に間違いが発生しないとまで言い切るつもりはありません。じつは私は学生時代に、ある授業科目の評点が40点台で不可になったことがあるのですが、いまだにどうも解せません。もしかすると採点間違いだったのではという気も今となってはするのですが、いかんせん私の学生時代には、学生が教員に対して成績の異議申し立てをする方法など、ありませんでした。ですから、学生が異議申し立てをする機会は、必要だと思います。思うのですが、私は何重にもチェックをし、特に不可にする人については確認に確認を重ねた上で成績をつけていますので、成績つけにおいて間違いはまず犯していないだろうという自負がありますし、ここまで読んでくださった方ならば、私の成績つけにミスが発生しているとか、本来は可なのに間違って不可にしているなどという確率はきわめて低いということを、おそらくご理解いただけるものと思います。

ですから、私は学生諸君からよく「成績に関する調査申請書」を受け取るのですが(単位の認定が厳しいからです)、改めて確認しても、採点や成績が間違っていたなどということは、ただの一度もありません。大学の教員としての職を全うし終えるまでにはまだ相当の年月がありますが、生涯にわたって一度も採点ミスを出さないよう務めるという目標をもっています。

少し脱線してしまいましたが、このように採点を終えたら、採点結果表を取りまとめ、さらに講評を書き上げます。これも結構大変な作業でして、だいたい丸1日かかります。出来上がった採点結果表と講評はすべてWebで公開し、学生諸君が読めるようにしています(講評については受講者のみ)。ここまで詳しい採点結果と講評とを公開している教員は、少なくとも千葉大学にはいないだろう、と密かに自負しています(もしいたら、教えてください)。

さて、このように私は半年の授業を終えた後に単に成績つけを行なうだけではなく、授業に関する情報公開にも積極的に取り組んでいるわけですが、残っている仕事が、実はまだあります。それは、採点のときに気付いた学生諸君の誤答傾向や勘違いなどを自分なりにまとめ、吟味する、という仕事です。これをやらないと、授業内容が進化しないのです。特に正答率の低かった問題に関する講義内容の部分は、説明や解説方法を改良する余地がある可能性が高いと思われます。そこで、どうすれば学生諸君の誤答や勘違いを減らせるかを考え、それをメモしておきます。場合によっては、すぐに次年度以降用の講義ノートや資料を改訂してしまうこともあります。さらに、次回開講時のために、手直しをしたシラバスをすぐ用意してしまうこともあります。こういう改訂や修正は、気付いた直後に済ませておくのが肝心でして、後からやるのでは効果半減なのです。

いずれにしても、テストの採点というのは、教員にとっては、自身の授業内容の良くない点を反省し、改善するためのさまざまな示唆を与えてくれるものだと感じます。換言すれば、教員は、テストの採点を通じて自らの教育方法を反省できるということです。私は授業が得意ではないのですが、せっかくやる以上は、学生諸君には少しでも正確かつ深く理解して欲しいと思いますし、またひとりでも多くの学生諸君に単位を取得して欲しいとも思います。そのためにも、この採点を通じた反省を次の授業にうまく活かしていくことが重要だと考えています。

これらの仕事が終わったら、ようやく、その半期の授業にまつわる仕事からは、解放されます。もちろん、また次の半期の講義準備もしないといけません!とはいえ、教員にとってはまとまった研究時間のとれる貴重な時期の訪れです。研究者にとっては、待ちに待った時間なのです。私も、締め切りを控えた次の執筆に、取り掛かっていかねばなりません。

2012年1月26日木曜日

2011年度ゼミ最終回

なかなか更新する時間を持てないまま、新年になってしまいました(ネタはあるのですが、どうも書く時間に恵まれません)。授業で喉を酷使して病院に駆け込んだり、眼鏡が壊れたり、若干のトラブルに見舞われていますが、概ね健康にやっています。

さて、今日は、2011年度のゼミの最終回でした。今年度は前期にアフリカ関係の本を読んだのですが、ゼミ生の一人が、4月に、ゼミ室のホワイトボードにアフリカの地図を書いてくれていました。この地図のおかげで、どれだけ助けられたことでしょう。何せ場所や位置関係を確認する際には、毎回、すぐに説明に使えたのですから。さらに後期のゼミ生の発表でも幾つかアフリカ関係の報告がありましたので、1年間、この手書き地図をフルに活用させてもらいました。

いつか消さなくてはなりませんが、もったいないので、消してしまう前に、記念写真をと思って、ゼミ生に撮ってもらいました。

ゼミの後は、追い出しコンパをやりました。