2010年12月22日水曜日

年内授業終了

年内の授業が、今日で終わりました。
4年生は、年明けの卒論提出に向けて、いよいよ最後の追い込みとなります。風邪とコンピューターのトラブルに見舞われませんよう。
わたしも、依頼されている論文を書かなくてはなりません。と、その前に年賀状ですかね。

2010年12月14日火曜日

打ち合わせ@京都

昨日は、研究上の打ち合わせのために、日帰りで京都まで行ってきました。

東京駅まで向かう電車ではわたしの隣に座ってきた同年代の女性が化粧をおっぱじめて鬱陶しく、京都への新幹線では子どもの騒ぎ声で読書に集中できず、京都駅ではキャリケースを引っ張って走る若い女性にケースを勢いよくぶつけられ、帰りの新幹線では、通路を挟んで隣席のサラリーマンが名古屋から乗ってくるや否やジャケットを脱いで腕まくり+ズボンをたくし上げ、腕と足をボリボリと血がにじむまでかきまくっており(せめて化粧室にでも篭ってやっていただけるとありがたいのです)、さらに新幹線を降りてからの電車の中では運良く座れたと思ったらものの数分もしないうちに隣の隣の若い男性が豪快にリバース(嘔吐)を繰り返してしまっており、まったく散々な一日でした。よくも一日でこれだけのアクシデントに遭遇できたものです(笑)。

この数年、電車内での携帯電話、化粧、場をわきまえない飲食(マクドナルドや持ち帰りカレーなど)、騒いだり靴を脱がず座席に上がる子どもを叱らない親など、マナー違反で不快にさせられることが増えてきているわけですが、昨日はそのオンパレードのような一日でした。研究会が充実していて、初めてお会いした先生の謦咳に接することができたのが収穫でしたが、電車に乗るのがますますreluctantになりそうです。むかしは鉄道に乗るのが大好きだったのですが・・・。

2010年11月7日日曜日

日本平和学会@水戸

11/6~7にかけて、日本平和学会に参加するために、茨城大学まで行ってきました。水戸を訪れたのは初めてです。茨城大学は、5学部を有する大学ですが、農学部と工学部はキャンパスが別で、水戸市内のキャンパスには理学部、人文学部、教育学部の3学部しかないせいか、比較的こじんまりとしたキャンパスでした。

水戸駅から茨城大学まで、バスで30分ぐらいかかると聞いていましたが、実際には、土日だったせいか、15~20分ぐらいの所要時間でした。地方だとどこも同じですが、このバスの乗車料が結構高く、水戸駅と茨城大学前を往復すると640円もかかります。電車で水戸駅までやってきて、水戸駅から大学まではバスで通学しているという学生さんも結構いると思いますが、この料金は(定期を使っているだろうにしても)結構負担になりそうです。電車と違ってラッシュ時には渋滞で時間がかかるから、時間も読みにくい。駅前に立地している千葉大は恵まれていると、改めて実感します。

この水戸駅の北口がバスターミナルですが、ここが窪地になっている。なので、どのバスも出発時に坂を上るためにエンジンをふかすことになります。そのせいか、ターミナルでバスを待っている間、排気ガスがひどいと思いました。都会より空気が悪いのです。地方では、乗用車(自動車、バスなど)が人々の足になっていることを痛感させられます。せめてもう少し人口が多いと、富山や熊本や鹿児島のように路面電車があったりもするのでしょうが、水戸市の人口規模だと、路面電車の経営も成り立たないでしょう。


学会では、幾つかの報告を聞いたり、知り合いと再開したりして、研究上の刺激を得ることができたほか、企画委員会に出席してきました。最も印象的だったのは、学会の運営を手伝って下さっていた茨城大学の学生さんたちの挨拶や振る舞いが、とてもしっかりしていたことです。仕事柄いろいろな学会で各地の大学を訪れますが、これほど明るくしっかりと挨拶をし、テキパキと仕事をしてくださる学生さんと接したことは、なかったように思います。今回の学会の主催校であった茨城大学の蓮井先生のゼミ生さんたちだと思いますが、蓮井先生の教育が相当しっかりなされていることの証だと思いました。どのような教育をなされているのか、今度伺ってみたいと思います。

2010年10月31日日曜日

日本国際政治学会@札幌

10/29-31の3日間にわたって札幌で開催された日本国際政治学会に参加してきました。私は経済学者として職を得ていますので、「なぜ経済学者が国際政治?」といった疑問を持つ方がおられるのは、知っています。学会でも、名刺交換をさせていただくと、わたしの名刺を見て「経済学の方なんですか?」と言われたりすることがあります。

ただ、財団法人日本国際政治学会の定款(寄附行為)には、次のように書かれています。「目的 第三条 本会は国際政治、国際政治史並びにこれに関連する国際経済その他の学術の研究、発表及び普及を図り、これら研究者相互の親睦協力を図ることを目的とする」(太字は筆者による)。つまり、学会の定款上は、「これに関連する」という限定付きながら、国際経済も研究の対象とすることが明確に謳われています。また、私以外にも日本国際経済学会と掛け持ちで日本国際政治学会にも入っておられる方を、私自身、少なくとも数名知っています。その中には、かなり著名な先生方もおられます。


前置きが長くなりました。いくつか雑感を記します。まず研究報告について。今年の大会では、開発や国際経済にも関わる報告が、例年以上に多かったのが印象的でした。いずれも、経済学サイドからの研究とは視点が異なりますが、かえって勉強になることが多くありました。

次に開催施設(札幌コンベンションセンター)について。これにはちょっと不満があります。最大の不満は、報告会場のほとんどが椅子のみで、机がなかったことです。こうなると、あとは膝の上でメモを取るしかありません。これはわたしのように長身の人間にとっては、腰に負担となるつらいことです。そして3日間ずっとこのような不自然な体勢でメモを取り続けていたので、腰痛になってしまいました。過去の開催会場ではほとんどの会場で椅子がありましたし、そもそも参加費として3000円も払っているのだから、これはいただけません。また、無料の無線LANが提供されていないのも残念です。少なくとも昨年の会場だった神戸国際会議場では、無線LANが無料で使えました。その他にも、施設として見た場合、札幌コンベンションセンターには、まだ新しい施設だということもあってか、改良の余地があるように思われました。じつは私のゼミ生が、コンベンション産業をテーマに卒論を書きたいと言っていますので、今回はコンベンション施設の競争力とか良し悪しについて、私自身も少し考えさせられました。

最後に、これはいつも学会に行くたびに感じることで、したがってあちこちで言っていることですが、若く、優秀で、しかも行き場のない研究者が、日本国際政治学会にはゴロゴロしています。他の分野でも多かれ少なかれ見られることですが、IRの分野では特に、研究者の需給バランスが大きく崩れているといって良いでしょう(経済学の分野では、ここまで需給バランスは崩れていません)。能力と体力に溢れた若い逸材を活用できていないのは、国家的な悲劇です。若い研究者の未来が安定したものになることを祈らずにいられません。と同時に、学生会員の会費を割り引くなど、他の学会では当たり前のようになされている若手研究者の支援に、この学会としても取り組む必要があるようにも思われます。


下の写真は、羽田空港からの帰路の品川駅のホームから見えた、旧「パシフィックホテル」を利用したイルミネーションです。ちょうど10月31日は、羽田空港の国際線ターミナルが本格稼動したということで、このような装飾がなされていたようです。「世界へ」の隣がよくわからなかったのですが、こちらを見ると、電車のマークのようです。

2010年10月17日日曜日

日本国際経済学会@大阪

秋は、研究者にとっては、学会シーズンです。10/16-17に、大阪で開催された日本国際経済学会に参加してきました。わたしにとっては、特に日曜日の午後のセッションの報告が興味深かったです。事実そのものは小さな、しかし途上国の開発を考える上でかなり意味のあるヒントとなるトピックを知ることができたのが、収穫でした。

2010年8月19日木曜日

最後のFD購入

ソニーが2011年3月末でFD(フロッピーディスク)の販売を終了し、これにより店頭からFDが姿を消す可能性が高いというニュースをうけて、今日はFDを3枚購入してきました。

いまどき、通信手段を用いることなく人とデータをやり取りする時に使用するメディアと言えば、やはりメモリースティックやCD(CD-RやCD-RWなど)あたりが一般的だと思います。しかしメモリースティックは高価であり、これを人にあげたり、あるいはしばらく貸すというわけには、なかなかいきません。他方のCDは単価が安いので、人にあげたり、あるいはしばらく貸すということが可能です。しかし、CDは、読み込みソフトを立ち上げて焼き付けるのに時間がかかるという弱点があります。その点、FDだとクイックでデータを書き込むことが出来ます。また、安価なのも魅力的です。

FDを使う機会は滅多になくなってしまいましたが、しかし、まったくないわけではありません。まだ当分の間、使う機会が潜在的にありうるので、この機会にFDを買っておきました。おそらくこれが、最後のFD購入でしょう。


と、ここまで書いて、「いまどきの若い人は、FDを見たことも使ったこともないのではないか」と思いました。わたしが大学に入ったときには、まだWindows95が発売される前で、大学の教員でもパソコンを使っている人は少数派でした。その少数派の教員の持っているパソコンには5インチのFDというものがあったのですが、これはいまの大学生は、見たことがないでしょうね。ちなみにWindows95には、CD版のほかに、FD版というものがありました。これはたしかWindows95が30数枚に分割されていたように記憶しています。つまり30数回入れ替えしないと、インストールできないというわけです。


聞くところによると、MOも近い将来に販売停止になる可能性が高いようです。わたしなどは3年半ほど前まで、USBの使えないWindowsNT4.0を使っていた関係上、SCSI接続でPDというものを使っていたのですが、これもいつの間にかメディアとともにほぼ姿を消しました。ZIPなるものもありましたが、これもすっかり見なくなりました。そして、ipodなどの台頭を受けて、MDレコーダーもどんどん販売終了となっているようですから、メディアとしてもMDもそのうち淘汰されていくのでしょう。次に姿を消すメディアは何でしょうか。そのうちCDもDVDに取って代わられるのでしょうか。なくなるのは仕方がないとしても、それぞれのメディアに保管していたデータについては、ドライブが入手・利用できるうちに別のメディアに移しておかないと、未来永劫読み込めなくなってしまいます。なくなる前に、きちんと周知だけはして欲しいものです。

2010年8月2日月曜日

日本銀行本店を見学

今日は、ゼミの一環として、日銀の本店見学に行ってきました。

1896年に建てられ、関東大震災や東京大空襲をくぐり抜けて来たという本館の内部(地下金庫を含む)を見学したほか、日銀の役割などについて、映像と日銀の方によるレクチャーで、勉強してきました。欲を言えば、日銀の業務の一部(たとえば紙幣の痛み具合や偽造紙幣が混ざっていないかの検査業務とか)を実際に見せていただけると、もっと良いのですが、やはりセキュリティ等の関係上、難しいのだろうと思います。映像や、バーチャル見学ツアーなどで、埋め合わせるしかありません。


見学後は、東京駅近くの「和民・八重洲口店」になだれ込んで、前期の打ち上げコンパをやりました。今までのゼミのコンパで一番盛り上がった気がします。コイバナと下ネタが若干多かったような気もしますが(笑)、こうやってゼミ生同士の距離が縮まるのなら大いに結構なことです。わたしもゼミ生たちの意外な一面を見させてもらったり、逆に厳しい「追及」を受けたりしました。こんなにガンガン教員に突っ込んでくるゼミ生たちは初めてです。つくづく風通しの良いゼミだと思います(笑)。このツッコミ力を、ぜひ卒論にも活かして欲しいと思います。


4年生はこれから、いよいよ卒論を本格的に頑張り始める時期になります。わたしも、夏休みは貴重な研究の時間です。よい成果を出せるように、お互いに頑張りましょう。

2010年7月31日土曜日

人間ドックを初体験

今週は、イベントが2つありました。

一つは、ある本の出版企画立ち上げの研究会。東京都内で会合をもって、今後の進め方や方向性を議論してきました。濃いメンバーですし、編集者も既知の方なので、面白い本にしたいと思っています。わたしは、最近少し遠ざかっていた関係のテーマで書くことになりそうです。この分野の勉強を再開したいと思っていたので、お声がけ頂いた先生方の期待を裏切らないよう、微力ながら頑張りたいと思います。


もう一つは、人間ドックを初体験してきたこと。年齢的に、そろそろ受けておいて損はない年頃です。知人の勧めもあって、行ってみました。

それにしても、あの胃のX線検査のしんどいこと。まず顆粒の発泡剤。いきなりゲップが出そうになります。それを止めろと言われるのですが、無理です。そしてバリウム。検査技師さんに飲むのを急かされましたが、そんなにテンポよくごくごくとは飲めません。その後、すぐ検査ですが、体を機械で上下左右に動き回らされるスピードが結構早くて、ちょっとビックリしました。女性の高齢者の方などは、あれだけのスピードで動かされると、検査に恐怖感を覚えるのではないでしょうか。そして何よりも、バリウムを飲むとお腹が張ってしまうのが、とってもつらい。「こんなにしんどい思いをするなら、次の人間ドックは5年後ぐらいでいいや」、と思ってしまいました。もう少しラクな検査にならないものでしょうか。

2010年7月19日月曜日

日本に必要なのは、政策や実行力ではなく、なお一層の閉塞感?

香港の日系金融機関で勤務している知人(と言っても一回り以上年上の方ですが)が、日本に一時帰国したということで、千葉駅の近くでお会いし、財政を含めた日本経済の行方や、中国経済の現状等について、いろいろと意見交換してきました。この方は、もともとは新聞記者だった方ですが、その経験からか「世の中は、政策では変わらない。国民の感情が大きく揺さぶられないと、物事は動かない」と仰っていたのが、わたしにとっては印象的でした。

確かにその通りかもしれません。9.11→米国民の対テロ戦争への支持、米兵によるレイプ→沖縄での反基地集会の盛り上がりなどは、その典型例です。IMF危機後の韓国のドラスティックな変革も、このパターンでしょう。

さて最近は、一定以上の年齢の日本人にとって、日本と日本経済の閉塞感・危機感が高まっています(若い人にとっては、最初からずっと日本と日本経済が閉塞しているなかで育ってきているので、このような閉塞感や危機感があまりないようですが)。こうした閉塞感・危機感をもたらしているものの一つに、財政危機があります。「何とかしなくては」という思いに駆られた人々は、政界・財界・市民を問わず増税を考えるようになっており、そのような政策提言も各方面から活発になされています。でも、それにもかかわらず、先日の参議院選挙の結果からすると、消費税増税にはまだかなりの時間がかかりそうです。つまりは「世の中は、政策では変わらない」。日本国債の消化が難しくなって債務危機が表面化するなどして、国民の感情が大きく揺さぶられないと、増税という物事も、動かないのかもしれません。それでいいとは思わないのですが、世の中はそんなものかもしれません。


この方とのお話しで、もう一つ気になったのが、若い社員の鬱の多さです。この方の同僚でも、香港に赴任したものの鬱になって日本送りになってしまう若い社員が、少なからずいるそうです。わたしぐらいの年齢になると、同年代の知人は、職場に新しく入ってきた新人を教育する立場になっているのですが、彼・彼女達と会うと必ず聞かされる事の一つに「最近の若者は、メンタル面が弱い」「最近の若者は、男性でもすぐ職場で泣く。どうなっているんだ?」といった苦情(?)がありますので、この方の職場の状況も、納得できるものです。

ただし、こういう「最近の若者」を不甲斐ないと思う年長者のなかには、若者を鍛えるためにと称して、徴兵制だの農村ボランティアで働かせろだの、いろいろと過激なことを言う人がいますが、無理な話だと思います。「世の中は、政策では変わらない」のです。物事が動く時は、「国民の感情が大きく揺さぶられ」るときだとすれば、日本で物事がまだ大きく動かないということは、国民の感情がまだ高まっていないということなのでしょう。逆説的ですが、財政再建をはじめとする日本の変革のために必要なのは、政策提言や政治家の実行力などではなく、もっともっと日本と日本経済がさらに混迷の度合いを深め、にっちもさっちもいかなくなって閉塞感が強まること、なのかもしれません。

日本の停滞は、まだまだ続くのでしょうか。

2010年7月17日土曜日

日本国際経済学会関東支部大会

立教大学で開催された日本国際経済学会の関東支部大会に出席し、報告を拝聴して勉強してきました。また懇親会では、初めてお会いした方と、貴重な情報交換をさせていただく機会にめぐまれたのが、大きな収穫でした。ありがたい限りです。二次会では、いつもよくご一緒させていただいている他大学の先生方から、教育・授業方法を伺ったり、研究上の議論などもできました。今後に活かしたいと思います。

2010年6月20日日曜日

日本平和学会春季研究大会

今日は、日本平和学会の春季研究大会(於:お茶の水女子大学)に参加してきました。報告を拝聴して、後期の授業で使えそうな「ネタ」を仕込むことができました(実際に使うかどうかは、わかりませんが)。

また、かねてから論文を拝読しておりお会いしてみたかった方から、偶然にも声をかけていただいて、面識を得ることができたのは、望外の「収穫」でした。うれしかったです。

2010年6月18日金曜日

日本平和学会企画委員会に出席してきました

今年から、日本平和学会の企画委員(第19期)を務めています。日本平和学会の大会のテーマや部会の内容を考えるのが、この企画委員の役目です。

今日はこの第19期の企画委員会の第一回目の会議が、東大の駒場キャンパスであり、出席してきました。活発な議論がなされたおかげで、来年度以降の大会の企画のアイデアについて、最初の会議としては十分なほどの成果が得られたように思います。今後の大会が楽しみになってきました。


帰宅してメールをチェックしたら、4年生のゼミ生から、就職活動で内々定を得られたという、うれしい連絡がありました。よかったです。

2010年4月28日水曜日

新歓コンパ

昨日は、新しくゼミに来られた3年生を迎えて、ゼミのコンパを開催しました。お店は、西千葉の人気店「がぜん」でした。連休前のせいか、お店は結構混んでいたようです。いつもであれば、デジカメを持参して写真を撮るのですが、今回はデジカメをもって行くのを忘れたので、写真を撮りそびれてしまいました。残念。

3年生は、このあと5~6月にかけて教育実習に入ります。ハードな時期がしばらく続きますが、大事な実習です。頑張って乗り切って欲しいと思います。

2010年4月10日土曜日

『現代世界経済をとらえるVer.5』刊行のお知らせ

石田修・板木雅彦・櫻井公人・中本悟編『現代世界経済をとらえるVer.5』(東洋経済新報社、2010年)が、このたび4月29日付(奥付による)で刊行されます。この本は、定評ある世界経済のテキストの第5版で、わたしも、第11章「低開発と貧困削減」を担当しました(注)。これまでの版と比較すると、コンパクトに、またわかりやすいテキストになっていると思います。

配本は、来週の予定です。アマゾンでも4/16発売予定となっていますので、おそらく来週か、おそくとも再来週には、店頭に並ぶはずです。ぜひ手にとっていただければと思います。


(注)わたしの担当した章では、「開発のミクロ経済学」についても、項を設けて取り上げています。 もとより本書は、伝統的に新古典派経済学には与しない研究者によるテキストとして版を重ねてきておりますから、今回、「開発のミクロ経済学」が取り上げられていることに違和感を覚えるという方が、おられるかもしれません。
しかし、「開発のミクロ経済学」は、開発研究において、もはや到底無視できないテーマになっています。わたし自身が開発のミクロ経済学的な研究を進めているわけではありませんが、開発のミクロ経済学という領域そのものを無視することは、適切さを欠くように思われます。このため、このたびの第5版で初めて、取り上げることとした次第です。

2010年4月6日火曜日

新年度スタート

今日は、午後から、1年生向けのガイダンスがありました。
入学して間もない1年生の、緊張交じりの礼儀正しさを見て、すがすがしい気持ちになりました。

前期の授業は、4/12の月曜日から始まります。

2010年3月30日火曜日

アジ研図書館を訪問

今日は、アジア経済研究所の図書館に足を運んで、資料をコピーして入手してきました。必要としていた資料は、日本でここの図書館にしか所蔵されていない逐次刊行物です。

「アジ研」に足を運んだのはじつは初めてだったのですが(千葉市内にあるのにもかかわらず)、行ってみて、単純に感動しました。建物がすばらしく綺麗で、かつ資料が豊富だったからです。書籍だけならともかく、世界各地の逐次刊行物を、アジ研ほど幅広く揃えているところは、日本には他にないでしょう。「この図書館に、気軽に足を運べるところに住んでいたら…」という思いから、「幕張に引っ越しても良いかも?」とさえ、思ってしまいました(ほんの一瞬だけですが)。

千葉大から比較的近くにある図書館ですので、千葉大の学生さんは、機会があれば、足を運んでみてはいかがでしょうか。

2010年3月23日火曜日

卒業式

今日は、千葉大学の卒業式がありました。
わたしも、ゼミ生を送り出しました。とにかく健康に留意して、活躍して欲しいと願っています。

昨年度に卒業されたゼミ生の皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。
本ゼミだった方も、サブゼミだった方も、たまには、近況を、メールででもお知らせ下さい。

2010年3月21日日曜日

ジャック・アタリ『21世紀の歴史』(作品社、2008年)

遅ればせながら、ジャック・アタリ『21世紀の歴史』(作品社、2008年)を読みました。

この本は、人類史を大きく発展させる原動力となった市場の発展の法則を踏まえ、21世紀の世界の行方を、大胆に試論的に論じた書です。アタリによれば、21世紀の世界は、次のような弁証法的なステップを踏んで展開していくといいます。すなわち、「第一段階:市場原理がますます発展していく(超帝国)」→「第二段階:秩序や安全性が大きく揺らぎ、世界各地で混乱や内戦などが頻発する(超紛争)」→「第三段階:市場の機能や暴走を制限し、人類の狂気を理性で押さえ込むことで、公正・平穏・連帯・友愛に満ちた世界が構築されていく」(超民主主義)というステップです。

アタリのこうした未来予測には、多くの異論・反論がありえるでしょう。しかし「なるほど、確かにそうなりそうだな」と思わされる指摘が随所に散りばめられているのも、事実だと思います。世界や社会の数十年単位での大きな流れがどうなっていくのかを考える上で、導きとなる本です。特に21世紀を長く生きていく若い人に読んで欲しい、そんな本です。

2010年2月9日火曜日

新日本製鉄君津製鉄所を見学しました

今日は、ゼミ生たちと新日本製鉄君津製鉄所を訪問し、銑鋼一貫製鉄所の諸工程を見学してきました。この工場見学は、もともとは昨年の8月31日に予定していたものでしたが、このときは、あいにく台風の直撃を受けて断念。今回の工場見学は「再チャレンジ」でした。


新日鐵君津製鉄所は、敷地面積こそ八幡製鉄所より若干小さいものの、粗鋼の生産高は同社で最大。年間に約1000万トンの粗鋼を生産しているそうです。日本の粗鋼生産高が年1.2億トン(2007年。2009年は、金融危機の影響をうけて、9000万トンを割り込んでいます)ですから、君津製鉄所だけで日本の粗鋼の約1割を生産していることになります。日本で最大級の製鉄所です。

製鉄所では、敷地の広さ、高炉の大きさ、圧延工程のダイナミックさなど、いろいろなものに驚かされました。敷地面積は約1020万平方メートルもあるそうです(東京ドーム220個分)。「5km×2km」と言った方が、わかりやすいかもしれません。これだけ大きい工場の敷地内ですから、あちこちで枝分かれした鉄道も敷設されています。もちろん歩いて移動するわけには行きませんから、バスに乗って見学することになります。そうやってたどり着いた高炉の、なんと大きなこと。高炉の高さは100メートル以上あるそうです。まるでピラミッドのようです。今回の見学のメインは、転炉で出来た鋼の塊(鋼片)を熱間圧延する工程でしたが、数メートル四方の熱々の鋼(スラブ)が、あっという間に数十メートルもの長さにローラーで伸ばされていく様は、とにかく「圧巻」でした。わたし自身は、銑鋼一貫製鉄所の諸工程(製銑(高炉)→製鋼(転炉)→圧延)について、かねてから本で読んである程度わかっていたつもりでしたが、百聞は一見に如かず。映像やパンフレットを交えつつの見学で、本を読むだけではわからなかったことも、これまで以上に理解を深めることができました。

日本の製鉄所の技術水準は世界一です。排熱等で発電を行って電力会社に電力を供給しているほか、工業用水も徹底的に再利用。単位あたりのCO2排出量も世界で最も少ない水準にあります。もちろん製品の技術力も高く、とくに自動車や家電用の薄型鋼板などは、中国やインドのメーカーには、日本のメーカーのようにはなかなか作れません(鉄鋼産業はとても地味な産業なので、その技術力の高さは、意外と知られていませんが・・・)。鉄鋼産業は、日本が世界に誇る技術を持つ産業のひとつなのです。

とても勉強になる「大人の社会見学」ですが、残念ながら、製鉄所内での写真撮影は、一部を除いて許されていません。おそらく、技術の漏洩を防ぐためもあるのでしょう。興味がある方は、ぜひ実際に見学に行ってみて欲しいと思います。わたし自身は、現在のゼミ生達が卒業したら、新しいゼミ生達とともに、また見学に行こうと思っています。



(2010年2月11日追記)
見学を終えての帰途、ゼミ生達と話していたときに「なぜ高炉は、三交代で24時間フルに稼働させているのか?」という疑問の声がありました。答えは、「高炉は、稼動させるのに時間がかかるので、簡単に停止-再稼動というわけにはいかない」というところですが、では、いったん止めた高炉を再稼動させるのにどれだけの時間が必要なのでしょうか? たまたま、新聞に、その答えとなるヒントが載っていました。

JFE、高炉1基を再稼動 輸出増などに対応
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20100211ATDD1100E11022010.html

 JFEスチールは11日、減産のために2009年1月から休止していた西日本製鉄所倉敷地区(岡山県倉敷市)の高炉1基を再稼働させた。(中略)同日記者会見した野村寛・西日本製鉄所長は「順調なら数日でフル稼働に持っていきたい」と語った。

この野村所長の発言は、「高炉というものは、いったん止めてしまうと、フルに再稼動させるのに最低でも数日かかる」ということを意味しています。そういえば、「製鉄所のストライキで、高炉を止めるというのは、本当に最後のこと」という話を、組合運動に詳しい労働経済論の研究者から、かつて聞いたことがあります。高炉をストップさせるということは、企業側(経営者側)にとっても、労働者側(組合側)にとっても、よほどの事態なのだと言えます。



(関連参考資料)
川崎製鉄・川鉄マシナリー・山九 革新的な大型高炉改修技術による超短期改修の実現:大ブロックリング工法の開発

2010年2月1日月曜日

東京大学社会科学研究所を訪問

今日は、東京大学の社会科学研究所の図書室まで出かけて、必要としている資料のコピーを取って入手してきました。

ところで、東大の本郷キャンパスに行ったのは約4年ぶりでしたが、15階ほどある高層の新しいビルが建っていて、ちょっとびっくりしました。少し前まで、あのような高層の建物は、東大にはなかったはずです。「いったい何の建物だろう」と思い、帰宅してから東大のキャンパスマップを見てみたら、やはりと言うべきか、医学系研究科・医学部の建物でした。ちなみに、私の訪問した社会科学研究所の建物はと言えば、窓枠に鉄骨が入っていたことから、比較的最近に耐震補強工事がなされた様子でしたが、建物そのものは古いままで、改装さえされていませんでした。

それにしても、東京の都心の駅は、平日の昼間でも人が多くて、混雑しています。千葉大のある西千葉駅とは大違いです。

2010年1月23日土曜日

毛里和子先生(早稲田大学)の最終講義に行ってきました

今日は、学部時代の恩師の一人、毛里和子先生(早稲田大学)の最終講義「中国研究40年:光か闇か」に行ってきました。毛里先生は、現代中国研究の第一人者であり、その著作により、アジア太平洋賞大賞、大平正芳賞、石橋湛山賞などをこれまでに受賞されてきたのみならず、2003年には紫綬褒章も受賞されているという、まさに第一級の研究者です。

わたしは、毛里先生が早稲田大学に移籍される以前に奉職されていた横浜市立大学で、かつて講義(国際政治学、および中国研究I)を受講したほか、3年次には毛里ゼミに所属してご指導を受けるという機会に恵まれました。

今はどうなっているのかよくわかりませんが、当時の横浜市立大学の国際関係課程では、ゼミには2年次から所属することができ、またゼミの掛け持ちが可能な制度になっていました。わたしは、最終的に卒論は、掛け持ちしていた別のゼミで書いたので、毛里ゼミだったのは実は3年次の1年間だけであり、正確に言うと毛里ゼミのOBではありません。ただ、幸いなことに、大学を卒業してから後にも、早稲田大学の研究室に時折お邪魔させていただくことで、謦咳に接するという機会に恵まれました。特に会社を辞めて大学院に進学することを決めたときには、励ましをいただきました。また、千葉大学に奉職してからは、研究者としてのみならず大学人としての諸般について、ご相談をさせていただいたり、アドバイスを頂戴してきました。


最終講義では、中国政治の特質とか、中国の政治体制の行方とか、いろいろなお話しを伺えましたが、個人的に特に印象に残ったのは、次の二点です。

第一は、毛里先生は、20代から40代にかけて、23年間にわたって(財)日本国際問題研究所で勤務されてきたわけですが、ここで手がけた『新中国資料集成1945-1958』(全5巻)、『中国共産党史資料集1915-1945』(全12巻)といった資料集成編集の仕事が、研究の大きな土台になっているということです。「同世代で、これだけ資料を読んだ人はいないという自信がある」と仰っていましたが、長年に渡って、膨大な中国近現代史の重要資料を丹念に読み込み続けてきた人だけが手にできる圧倒的な蓄積が、その後の毛里中国研究を支えたようです。毛里先生が最初の単著を上梓されたのは50歳近くになってからなので、研究者としては比較的遅咲きだったのではないかと思うのですが、逆に言うと、そこに至るまでに、アカデミックな体力を、ひたすらに、徹底的に、蓄積し続けていたのだろうと思います。

文科系の研究者にとっては、20代どころか30代でさえ、まだまだ駆け出しです。最終的に、50代から60代にかけて、大きな華を咲かせることができるかどうかは、20代および30代の若い時期に、研究上の基礎体力を貯えることができるかどうかに左右されるように思いますし、そのためには、時間を確保して文献を丹念に読み込むことが、何よりも必要でしょう。そして毛里先生は、まさに、このような研究生活を送ってこられたのだろうと思います。対照的に、いまの日本はといえば、長い時間をかけて研究者を養成していくのではなく、とにかく成果(アウトプット)を短期的に求めている。このように短期的に成果を求めるようになると、若い研究者も生活がかかっていますから、成果の出やすい研究を手がけるようになり、短期的には成果の出にくい研究が遠ざけられかねません。これでは、学問の自殺です。日本の文科系の学問にいま必要なことは、毛里先生のように、若い頃にアカデミックな体力を蓄積し続けられる環境を整備することではないでしょうか。


第二は、「我敵と相見えたり。敵は我なり」、という言葉です。これはベネディクト・アンダーソンの近著『ヤシガラ椀の外へ』からの引用だったのですが、要するに研究者にとって、敵は、ライバルや研究対象ではなく、自分だ、ということです。

まったくその通りだと思います。研究者という職業には、他の職業と比較して時間的な自由という大きな特権がありますが、その自由は、研究生活のためのものです。ところが人間というのは、自由であると、時に、だらしなくなるものです。若い頃に研究意欲に燃えていた人であっても、歳をとると、怠け心というものが出てきたりします。物事がうまく進まない時というのは、誰にでもあり、人は、そのようなときに、お酒に逃げたりします。サラリーマンであれば、お酒に逃げても、次の日(または翌週)には、出勤しなければなりません。ところが、研究者の場合、そのような出勤の縛りが弱いわけで、そうなると、なかには、お酒に溺れていくような人もいます。かつては研究の意欲があったはずなのに、半分アル中のようになっているという研究者を、わたしも、いままでに見聞きしてきました。

これはやや極端な例ですが、歳をとると、フレッシュな問題意識や、研究対象に対する関心などが衰えてくるというのは、ごく一般的に見られます。研究の意欲を、数十年に渡って維持し続けるというのは、意外と難しいことのようです。こうなると、研究生活に「たるみ」が出てきてしまうのです。こうして「怠け」が始まります。それだけではない。歳をとると、視力が衰えることが多く、かりに研究意欲を保持し続けていても、文献と長時間向き合うのがむずかしくなる、というケースもあります。精神的に疲弊する問題に巻き込まれた結果、文献と向き合っても頭に入らず、それが長く続くうちに研究への熱意も冷めてくる、といったこともありえます。だから、長く研究生活を続けるためには、気力、体力、新鮮な問題意識など、いろいろなものの衰えを招かぬよう、強い自己管理が求められます。研究の敵とは、こうしたさまざまな「衰え」と「怠け心」なのです。逆に言うと、自分に克つことができれば、研究者として大成する可能性が高い、ということかもしれません。

関連して、「自分に克つ」ということで思い出すのは、数学者のルイ・ド・ブランジュ博士のことです。以前、「魔性の難問~リーマン予想・天才たちの闘い~」というNHKの番組で、難問・リーマン予想に挑み続けているド・ブランジュ博士が取り上げられていました。番組は、ウォーキングマシンで体を鍛えているド・ブランジュ博士の姿から始まります。じつは、ド・ブランジュ博士は、もう齢80歳に近いのです。ところがその「老人」が、なんとウォーキングマシンで必死になって汗を流しているわけです。「生きているうちになんとか、この難問を自分で解決したい、そのためにはまだまだ衰えているわけにはいかない・・・」。そんな気迫が見る者に伝わってきて、少なからず衝撃を受けました。そういえば、毛里先生も、小さなお体であるにもかかわらず、周りの研究者を驚かせるエネルギーの持ち主です。学問に必要なのは、はっきり言うと、体力です。また、わたしがまだ30代であるにもかかわらず、このような達観したことを言えるのは、腰痛になったり、目を酷使した挙句に眼科に駆け込んだりということを、何度か経験していることが影響しています(何の自慢にもなりませんが・・・)。



いずれにしても、わたし自身が研究者になったこともあってか、今日の毛里先生の講義は、研究のあり方をめぐって考えさせられることの多い、啓発された講義でした。そして、講義を拝聴したのは、実に13年ぶりでしたが、わたしにとっては、最後の講義が、最高の講義になったように思います。もう毛里先生の研究室を訪ねることができなくなってしまうのは、残念ですが、毛里先生とわたしは、所属学会が一つだけかぶっています。ですから、幸いなことに、学会でお目にかかれる機会は、今後もありそうです。毛里先生の今後のますますのご活躍を、祈念したいと思います。

2010年1月17日日曜日

センター試験

昨日、今日と、センター試験の業務に携わりました。
初日の土曜日の拘束時間は12時間超、二日目の日曜日の拘束時間は11時間弱でした。2日間であわせて23時間。2日間で、3日分の労働時間をこなしたことになります。さすがにぐったりです。

それはそうと、発展途上国の政治経済を専門とするわたしからすると、全国何万という試験教室すべてで、一斉かつ同時に、手違いなく試験が遂行されることには、純粋に感動を覚えます。全国津々浦々への問題配送と、回収された回答用紙の迅速な返送を支える輸送網、問題訂正や補足説明を全国の全試験会場に周知し、また各会場から大学入試センターへと報告を上げる通信網、試験の円滑な遂行を担う事務組織と、それを支える質の高い労働力・・・どれをとっても、途上国には存在しないか、あるいはあっても不十分にしか存在しないものばかりだからです。日本のセンター試験のような全国で何十万人もが参加する大規模な試験を一斉に行うというのは、後発発展途上国の大半には、むずかしいことなのです。

センター試験の仕事に携わるのは3年連続ですが、経験してみるまではわからなかったその大変さも、実際に経験してみると、かなりわかるようになってきました。2日間の試験実施の業務以外にも、事前の準備も含めて、いろいろな手間がかかっているのです。ちなみに言うと、教員よりも事務職員のほうが、拘束時間の長さも含めて苦労が大きいと言えます。しかも事務職員は、教員と違って、毎年、センター試験の業務に駆り出されているわけで、頭が下がります。こういった一人一人の力の積み重ねのおかげで、センター試験は成り立っているわけです。

2010年1月1日金曜日

『世界政治を思想する』(I・II)刊行のお知らせ

あけまして、おめでとうございます。

富山大学の佐藤幸男先生、国際基督教大学の前田幸男先生が編者の『世界政治を思想する』(I・II)(国際書院、2010年)が、このたび1月1日付で刊行されました。国際関係論、国際経済学、地理学などの研究者による学際的な論文集で、わたしも、第12章「国際コーヒー協定と脆弱国家」(第2巻所収)を担当しました。






出版社の紹介ページは以下のとおりです。

http://www.kokusai-shoin.co.jp/203.html

http://www.kokusai-shoin.co.jp/204.html