広島大学で開催された国際開発学会の全国大会に参加してきました。私のこの学会への参加は、じつはあまり活発ではなく、秋の全国大会に参加したのは4年ぶりです。
広島大学には初めて行きました。西条駅というところからバスで10分強だったでしょうか(帰りは遠回りになるので20分ぐらい)。駅から徐々に坂道を登るようにして大学へ。西条駅のそばには学生向けと思われるワンルームマンションが林立していますが、この道を自転車で行くのは結構大変ではないかと思います。あるいは、広島市内の高校の卒業生たちは、どのように通学しているのでしょうか。なかには下宿している人もいるのでしょうか。大学の立地やキャンパス内の雰囲気は、町中から山中に移転した金沢大学に似ていると感じます。
学会で全国あちこちの大学に行くと、しばしば痛感するのは、千葉大学の立地がいかに恵まれているか、ということです。本数の多い総武線の西千葉駅から徒歩1分。これ以上望みようのない利便性です。郊外にある大学にありがちな、駅から大学までのアップダウンも、大学内でのアップダウンも、ありません。これは、汗をかく暑い時期には特にメリットです。そして、すこし高台にあるので、津波の心配もありません。
さて学会の話。この国際開発学会のよいところは、質疑応答が活発なことと、発表数が多いことでしょう。他方で、発表数が多すぎて玉石混交の傾向があるということも、しばしば聞きます。おそらくそのとおりでしょうが、玉石混交のデメリットよりも、発表数が多いというメリットのほうが勝っていると思います。そもそも、発表数が多ければフィルターをかけて質の高い報告に絞ることは可能でしょうが、発表数が少なければフィルターをかけようがなくなりますから。
会員数1600名余りの学会で、参加者は300名程度あったそうです。参加率が高いのも、この学会の特徴だと思います。外部の会場を借りているわけでもないのに、大会参加費が事前振込で3000円、当日支払で5000円もかかるというのに、よくこれだけ集まると思います。この学会の会員のコミットする意欲を感じます。
ただ、学会のプログラムが発表される前に、参加費の事前振込が締め切られるというのは、問題があります。これだと、プログラムを見てから参加するかどうかを決めるということができません。また、事前振込の場合、要旨をオンラインでダウンロードできるのに、当日参加の場合にはこれができないというのも、残念なことです。いずれも改善をお願いしたいところです。
2016年11月27日日曜日
2016年11月21日月曜日
映画「チリの闘い」(三部作)
映画「チリの闘い」三部作を見ました。
http://www.ivc-tokyo.co.jp/chile-tatakai/
9.11といえば、2001年の同時多発テロを思い浮かべるのが一般的だ。だが、ラテンアメリカで9.11といえば、1973年のピノチェトによるアジェンデ政権に対するクーデターだ、という。
このアジェンデ政権の話は、その意義(選挙によって成立した世界初の社会主義政権)も含めて、院生時代に師匠から思い入れたっぷりに、何度か聞かされたことがある。1940~50年代生まれの世代には、若い頃に目の当たりにしたアジェンデ政権の誕生に思い入れを持っている人が少なからずいる、という印象を僕は持っている。
他方で、アジェンデ政権の崩壊後に生まれた僕にとって、同政権についての理解とは、ピノチェトによる軍事クーデターで倒され、しかもその背後にCIAがあった、という程度のものだった。だが、この映画では、軍事クーデターに至るまでの右派によるアジェンデ政権への攻撃のプロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗を詳しく描写するところに、むしろ重点が置かれている。
この映画をみて、アジェンデ政権に対する右派および米国からの攻撃が、どういったものだったのかが、よくわかった。たとえば、米国による禁輸措置で部品等が入りにくくなることで経済活動が低迷するとか、経営者や専門職といった社会的に恵まれた層がストライキ=生産・職場放棄をして経済活動を停滞させることで、大衆がアジェンデ政権に不満を持つようにしていくとか、である。もちろん、このようなことをすると、この社会的に恵まれた層の収入は当然減るのだが、その収入を補填するためにCIAが資金面で支えていた、という。さらには、労働者であるトラック・バス運転手が経営者側の言いなりになって輸送をサボることで経済活動を停滞させる、ということも行なわれていた。トラック・バス運転手は歩合制なので、仕事をサボると収入減になるし、経営者側も収入減になるのだが、これもCIAが背後から資金面で支えていたという。あるいは、自営業や商店主などが小売活動を放棄することで、大衆が生活必需品や食料を入手しにくくなる、ということも行なわれていた、という。
他方で、左派(大衆)の抵抗=アジェンデ政権支持のための努力も、じつに驚くべきものである。経営者・専門職なしに自主的に工場を運営し、物資を輸送し、さらには自営業や商店主などの小売活動の放棄=商品の入手難に対しても、自主的に配給制度や商店を運営していく。「選挙によって成立した世界初の社会主義政権」は、考えてみれば当然のことながら、多くの大衆の献身的な努力――右派からの嫌がらせをものともせず、政権を支持するために各自が成しうることを自主的に進めていく――によって、支えられていたのである。
このように、アジェンデ政権に対する右派からの攻撃プロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗のいずれについても、今までまったく知らなかったことが多く、この映画を見ることは、チリ現代史のよい学習になった。
日本でも、かつて普天間基地の移設先をめぐって鳩山政権が国内から攻撃され、あっという間に崩壊していったが、この映画を見れば、これは当然のことだったと思える。なぜなら、チリでは、米国から支援を受けた右派によるアジェンデ政権への攻撃に対して、大衆は団結して同政権を守ろうと必死に奮闘したが(それでも同政権は、最終的には軍事クーデターにやられてしまったが)、日本では、人々は選挙で鳩山政権を選んでおきながら、米国(のジャパン・ハンドラー)から脅されると途端に、冷酷にも同政権を支えようとしなくなったからである。これでは、鳩山政権が短命に終わったのも当然だった。
この映画は、ある政権が米国と対峙しようとした時に、国内外からどのように攻撃され、いかなる困難に直面するのか、そしてこうした困難はいかに乗り越えられるべきかという普遍的な課題――チリや日本だけに限らないはず――を、見る者に突きつけているのである。
http://www.ivc-tokyo.co.jp/chile-tatakai/
9.11といえば、2001年の同時多発テロを思い浮かべるのが一般的だ。だが、ラテンアメリカで9.11といえば、1973年のピノチェトによるアジェンデ政権に対するクーデターだ、という。
このアジェンデ政権の話は、その意義(選挙によって成立した世界初の社会主義政権)も含めて、院生時代に師匠から思い入れたっぷりに、何度か聞かされたことがある。1940~50年代生まれの世代には、若い頃に目の当たりにしたアジェンデ政権の誕生に思い入れを持っている人が少なからずいる、という印象を僕は持っている。
他方で、アジェンデ政権の崩壊後に生まれた僕にとって、同政権についての理解とは、ピノチェトによる軍事クーデターで倒され、しかもその背後にCIAがあった、という程度のものだった。だが、この映画では、軍事クーデターに至るまでの右派によるアジェンデ政権への攻撃のプロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗を詳しく描写するところに、むしろ重点が置かれている。
この映画をみて、アジェンデ政権に対する右派および米国からの攻撃が、どういったものだったのかが、よくわかった。たとえば、米国による禁輸措置で部品等が入りにくくなることで経済活動が低迷するとか、経営者や専門職といった社会的に恵まれた層がストライキ=生産・職場放棄をして経済活動を停滞させることで、大衆がアジェンデ政権に不満を持つようにしていくとか、である。もちろん、このようなことをすると、この社会的に恵まれた層の収入は当然減るのだが、その収入を補填するためにCIAが資金面で支えていた、という。さらには、労働者であるトラック・バス運転手が経営者側の言いなりになって輸送をサボることで経済活動を停滞させる、ということも行なわれていた。トラック・バス運転手は歩合制なので、仕事をサボると収入減になるし、経営者側も収入減になるのだが、これもCIAが背後から資金面で支えていたという。あるいは、自営業や商店主などが小売活動を放棄することで、大衆が生活必需品や食料を入手しにくくなる、ということも行なわれていた、という。
他方で、左派(大衆)の抵抗=アジェンデ政権支持のための努力も、じつに驚くべきものである。経営者・専門職なしに自主的に工場を運営し、物資を輸送し、さらには自営業や商店主などの小売活動の放棄=商品の入手難に対しても、自主的に配給制度や商店を運営していく。「選挙によって成立した世界初の社会主義政権」は、考えてみれば当然のことながら、多くの大衆の献身的な努力――右派からの嫌がらせをものともせず、政権を支持するために各自が成しうることを自主的に進めていく――によって、支えられていたのである。
このように、アジェンデ政権に対する右派からの攻撃プロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗のいずれについても、今までまったく知らなかったことが多く、この映画を見ることは、チリ現代史のよい学習になった。
日本でも、かつて普天間基地の移設先をめぐって鳩山政権が国内から攻撃され、あっという間に崩壊していったが、この映画を見れば、これは当然のことだったと思える。なぜなら、チリでは、米国から支援を受けた右派によるアジェンデ政権への攻撃に対して、大衆は団結して同政権を守ろうと必死に奮闘したが(それでも同政権は、最終的には軍事クーデターにやられてしまったが)、日本では、人々は選挙で鳩山政権を選んでおきながら、米国(のジャパン・ハンドラー)から脅されると途端に、冷酷にも同政権を支えようとしなくなったからである。これでは、鳩山政権が短命に終わったのも当然だった。
この映画は、ある政権が米国と対峙しようとした時に、国内外からどのように攻撃され、いかなる困難に直面するのか、そしてこうした困難はいかに乗り越えられるべきかという普遍的な課題――チリや日本だけに限らないはず――を、見る者に突きつけているのである。
2016年11月4日金曜日
社会科学系研究者は秋の週末をどう過ごしているか
研究者として大学に職を得て今年で10年目となる。毎年のことだが、秋は予定が多く、土日がふさがりやすい。今年の場合だと、
10/15-16:学会大会
10/22-23:学会大会
10/29-30:学会大会
11/5-6:なし
11/12-13:入試
11/18-19:入試または学会役員会
11/26-27:学会大会
12/3-4:なし
12/10-11:研究会
12/17-18:学会役員会
という感じである。こうみると、予定の入っていない週末もあるが、そういう時は授業の準備をしたり、書類を作ったりといった仕事のほか、扇風機を仕舞ったり、衣替えをしたり、網戸を掃除したり、ストーブ・加湿器を押入れから出して冬支度をしたり、年賀状を書いたり・・・といった雑用でつぶれている(いく)。だから、この時期には週末に研究するということも、なかなかできないでいる。
もともと前期より後期のほうが授業負担が大きいこともあって、例年、10-11月のこの時期は授業と校務と学会大会と入試などで首が回らなくなる傾向があったが、2年前から学会の役員になって役員会が年に6回も入ってこの傾向が強まってきた。おかげであちこちに不義理をしているし、同業者ではない知人と会ってoffの時間を過ごすといったことができなくなってきているのも、困ったものである。何とかならないものだろうか。「学会を辞めれば解決する」と言われればそのとおりなのだが・・・。とある同業者は、複数の学会の役員会と、合計6つの科研費プロジェクトの会合で週末はほぼ全部つぶれている、と言っていた。凄い人がいるものである。私の場合、そこまでの気力と体力はない。
10/15-16:学会大会
10/22-23:学会大会
10/29-30:学会大会
11/5-6:なし
11/12-13:入試
11/18-19:入試または学会役員会
11/26-27:学会大会
12/3-4:なし
12/10-11:研究会
12/17-18:学会役員会
という感じである。こうみると、予定の入っていない週末もあるが、そういう時は授業の準備をしたり、書類を作ったりといった仕事のほか、扇風機を仕舞ったり、衣替えをしたり、網戸を掃除したり、ストーブ・加湿器を押入れから出して冬支度をしたり、年賀状を書いたり・・・といった雑用でつぶれている(いく)。だから、この時期には週末に研究するということも、なかなかできないでいる。
もともと前期より後期のほうが授業負担が大きいこともあって、例年、10-11月のこの時期は授業と校務と学会大会と入試などで首が回らなくなる傾向があったが、2年前から学会の役員になって役員会が年に6回も入ってこの傾向が強まってきた。おかげであちこちに不義理をしているし、同業者ではない知人と会ってoffの時間を過ごすといったことができなくなってきているのも、困ったものである。何とかならないものだろうか。「学会を辞めれば解決する」と言われればそのとおりなのだが・・・。とある同業者は、複数の学会の役員会と、合計6つの科研費プロジェクトの会合で週末はほぼ全部つぶれている、と言っていた。凄い人がいるものである。私の場合、そこまでの気力と体力はない。
2016年10月16日日曜日
学会の秋
研究関係の締め切り仕事2つをようやく終えて、一息ついたあとは、この週末から3週連続で学会。今年は、これらのうち遠方での学会は1つだけなのが、せめてもの幸い。
この週末(10/14-10/16)は、まずは日本国際政治学会。幕張開催であったのにもかかわらず、行きたかった金曜日のセッションに行くことは、授業でかなわず、結局は今日だけの参加。登壇していた学部時代の師匠のお一人は健在であったのみならず、そのシャープさが光っていた。学会の運営、学術研究のあり方について示唆を得た。
この週末(10/14-10/16)は、まずは日本国際政治学会。幕張開催であったのにもかかわらず、行きたかった金曜日のセッションに行くことは、授業でかなわず、結局は今日だけの参加。登壇していた学部時代の師匠のお一人は健在であったのみならず、そのシャープさが光っていた。学会の運営、学術研究のあり方について示唆を得た。
2016年6月5日日曜日
第7期沖縄意見広告
今年も沖縄意見広告運動に名を連ねました。例年一緒に名前を連ねていた先輩方、友人達の名前が見えなくなったのが残念ですが、「たまたま」だと思いたいです。賛同者総数そのものは、昨年よりもさらに増えています。
http://www.okinawaiken.org/2712/
http://www.okinawaiken.org/2712/
2016年6月4日土曜日
日本国際経済学会で討論者を務めました
今日は、学習院大学で開催された、日本国際経済学会の第6回春季大会にて、討論者を務めました。この学会(の関西支部研究会)で初めて「学会報告」をしたのが2006年の1月でしたから、今から10年前。その後に職を得て、この学会ではさらに2回の報告をしましたが、討論者は初めてです(他の学会でも討論者を務めたことがあります)。
ご報告者の方の発表は、昨年来、私も関心をもって勉強を続けているアフリカのコメ増産に関するもの。私としては、討論の機会をいただいて、さらに勉強をすることができて、大変ありがたかったです。他方で、自分にとって身近なテーマということで、少し気負いすぎた討論になってしまった気も、しないでもありません。次に務める機会があったら、もう少し肩の力を抜いた討論ができたらと思っています。
ご報告者の方の発表は、昨年来、私も関心をもって勉強を続けているアフリカのコメ増産に関するもの。私としては、討論の機会をいただいて、さらに勉強をすることができて、大変ありがたかったです。他方で、自分にとって身近なテーマということで、少し気負いすぎた討論になってしまった気も、しないでもありません。次に務める機会があったら、もう少し肩の力を抜いた討論ができたらと思っています。
2016年3月27日日曜日
本を恵投いただくことのお礼と対応
研究者ならではの同業者との交流の一つとして、(単著、共著にかかわらず)著書をお送りいただく、ということがある。本の値段としては、一冊3000円とか4000円、なかには5000円を超えるものの場合もある。これらの金額の出所としては、印税を献本に振り向けている場合もあるとはいえ、著者の持ち出しである。いうなれば、著者から数千円を貰っているのである(現金ではなく現物であるとはいえ)。たとえこのように考えなくても、人から物をもらっているのだから、当然ながら、何らかの形でお礼を述べないといけない。
私は大学院時代の師匠に、こう教わった。「献本されたら、必ずお礼状(葉書)を書け。お礼状はすぐ送れ。一週間後なんてのは遅すぎる。本を受け取ったその日のうちに書け」と(注)。もちろん、その日のうちというのは、実際には難しいこともあるのだが、遅くとも3日以内には書き送るようにしている。
もう一つ、昨年からはじめたことがある。それは、献本をいただいたら、勤務先の図書館にその本の購入を推薦する、ということである。これで購入されたら、売り上げが1冊増えるので、自腹を切ってお送りいただいた著者に恩返しができる。お礼状を書くというのは一般的であるが、この「購入推薦」をしているという話は、あまり聞いたことがない。でも、多くの研究者がやるべきではないか、と思っている。
(注)
その日のうちにお礼状を送ろうとすると、内容を読んでその感想を述べる、ということはできない。したがって、「それでは失礼だ、きちんと内容を読んでからお礼状を書くべきだ」という考え方もある。しかし、私の師匠が言っていたのは、「『きちんと内容を読んでから・・・』と思っているうちに時間が経ってしまうものだ。でも、それではまずい。だから、読む前に、まずはすぐお礼状を書け」ということだった。私も、この考え方を踏襲している。
(追記)
論文の抜き刷りをお送りいただいた場合の対応は、どうするべきか。抜き刷りもタダではなく、作成にあたって著者が実費を負担している場合がある。私は、お送りすべき自分の最近の抜き刷りがあれば、お礼状と一緒に抜き刷りを送ることはある。お送りすべき抜き刷りがなければ、お礼状ではなく、メールでお礼を述べることが多い。つまり、本と論文の抜き刷りとでは、お礼の述べ方にすこし差がある、ということになる。
私は大学院時代の師匠に、こう教わった。「献本されたら、必ずお礼状(葉書)を書け。お礼状はすぐ送れ。一週間後なんてのは遅すぎる。本を受け取ったその日のうちに書け」と(注)。もちろん、その日のうちというのは、実際には難しいこともあるのだが、遅くとも3日以内には書き送るようにしている。
もう一つ、昨年からはじめたことがある。それは、献本をいただいたら、勤務先の図書館にその本の購入を推薦する、ということである。これで購入されたら、売り上げが1冊増えるので、自腹を切ってお送りいただいた著者に恩返しができる。お礼状を書くというのは一般的であるが、この「購入推薦」をしているという話は、あまり聞いたことがない。でも、多くの研究者がやるべきではないか、と思っている。
(注)
その日のうちにお礼状を送ろうとすると、内容を読んでその感想を述べる、ということはできない。したがって、「それでは失礼だ、きちんと内容を読んでからお礼状を書くべきだ」という考え方もある。しかし、私の師匠が言っていたのは、「『きちんと内容を読んでから・・・』と思っているうちに時間が経ってしまうものだ。でも、それではまずい。だから、読む前に、まずはすぐお礼状を書け」ということだった。私も、この考え方を踏襲している。
(追記)
論文の抜き刷りをお送りいただいた場合の対応は、どうするべきか。抜き刷りもタダではなく、作成にあたって著者が実費を負担している場合がある。私は、お送りすべき自分の最近の抜き刷りがあれば、お礼状と一緒に抜き刷りを送ることはある。お送りすべき抜き刷りがなければ、お礼状ではなく、メールでお礼を述べることが多い。つまり、本と論文の抜き刷りとでは、お礼の述べ方にすこし差がある、ということになる。
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