2016年11月21日月曜日

映画「チリの闘い」(三部作)

映画「チリの闘い」三部作を見ました。
http://www.ivc-tokyo.co.jp/chile-tatakai/

9.11といえば、2001年の同時多発テロを思い浮かべるのが一般的だ。だが、ラテンアメリカで9.11といえば、1973年のピノチェトによるアジェンデ政権に対するクーデターだ、という。

このアジェンデ政権の話は、その意義(選挙によって成立した世界初の社会主義政権)も含めて、院生時代に師匠から思い入れたっぷりに、何度か聞かされたことがある。1940~50年代生まれの世代には、若い頃に目の当たりにしたアジェンデ政権の誕生に思い入れを持っている人が少なからずいる、という印象を僕は持っている。

他方で、アジェンデ政権の崩壊後に生まれた僕にとって、同政権についての理解とは、ピノチェトによる軍事クーデターで倒され、しかもその背後にCIAがあった、という程度のものだった。だが、この映画では、軍事クーデターに至るまでの右派によるアジェンデ政権への攻撃のプロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗を詳しく描写するところに、むしろ重点が置かれている。

この映画をみて、アジェンデ政権に対する右派および米国からの攻撃が、どういったものだったのかが、よくわかった。たとえば、米国による禁輸措置で部品等が入りにくくなることで経済活動が低迷するとか、経営者や専門職といった社会的に恵まれた層がストライキ=生産・職場放棄をして経済活動を停滞させることで、大衆がアジェンデ政権に不満を持つようにしていくとか、である。もちろん、このようなことをすると、この社会的に恵まれた層の収入は当然減るのだが、その収入を補填するためにCIAが資金面で支えていた、という。さらには、労働者であるトラック・バス運転手が経営者側の言いなりになって輸送をサボることで経済活動を停滞させる、ということも行なわれていた。トラック・バス運転手は歩合制なので、仕事をサボると収入減になるし、経営者側も収入減になるのだが、これもCIAが背後から資金面で支えていたという。あるいは、自営業や商店主などが小売活動を放棄することで、大衆が生活必需品や食料を入手しにくくなる、ということも行なわれていた、という。

他方で、左派(大衆)の抵抗=アジェンデ政権支持のための努力も、じつに驚くべきものである。経営者・専門職なしに自主的に工場を運営し、物資を輸送し、さらには自営業や商店主などの小売活動の放棄=商品の入手難に対しても、自主的に配給制度や商店を運営していく。「選挙によって成立した世界初の社会主義政権」は、考えてみれば当然のことながら、多くの大衆の献身的な努力――右派からの嫌がらせをものともせず、政権を支持するために各自が成しうることを自主的に進めていく――によって、支えられていたのである。

このように、アジェンデ政権に対する右派からの攻撃プロセスと、それに対する左派(大衆)の抵抗のいずれについても、今までまったく知らなかったことが多く、この映画を見ることは、チリ現代史のよい学習になった。

日本でも、かつて普天間基地の移設先をめぐって鳩山政権が国内から攻撃され、あっという間に崩壊していったが、この映画を見れば、これは当然のことだったと思える。なぜなら、チリでは、米国から支援を受けた右派によるアジェンデ政権への攻撃に対して、大衆は団結して同政権を守ろうと必死に奮闘したが(それでも同政権は、最終的には軍事クーデターにやられてしまったが)、日本では、人々は選挙で鳩山政権を選んでおきながら、米国(のジャパン・ハンドラー)から脅されると途端に、冷酷にも同政権を支えようとしなくなったからである。これでは、鳩山政権が短命に終わったのも当然だった。

この映画は、ある政権が米国と対峙しようとした時に、国内外からどのように攻撃され、いかなる困難に直面するのか、そしてこうした困難はいかに乗り越えられるべきかという普遍的な課題――チリや日本だけに限らないはず――を、見る者に突きつけているのである。


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