今日は卒業式の日でした。
あいにく今回の地震で会場にも被害があったとかで、卒業式そのものは中止されましたが、その後の卒業祝賀会は、例年通り行われました。その後、卒業証書を学生に授与しました。
よく「健康に留意されてください」という趣旨の言葉が、祝辞の最後に発せられます。わたし自身も、十数年前に、このように言われて卒業したような記憶がありますが、ずっと気に留めていませんでした。なぜならば、当時23歳だった自分にとって、健康であることは「当たり前」の話で、わざわざ「留意」する必要などまったく感じていなかったからです。
ですが、最近になって、この言葉が頻繁に発せられる理由が、よくわかります。20代のうちはともかく、30代になってくると、体力も衰え始めるし、若い頃のような体のキレも、もはやない。のみならず、人によっては健康診断に引っ掛かりはじめる。長きに渡って健康を維持するのは思いのほか難しいということを、否応なしに思い知らされる。こうして、自分自身にとって健康が「当たり前」ではなくなったとき、人は「健康に留意されてください」という言葉を発するようになる。そんな気がします。
皆さんのご活躍をお祈りしています。どうぞ健康第一で。
2011年3月23日水曜日
2011年3月18日金曜日
地震から一週間
3月11日金曜日の地震から、一週間が経ちました。
最初の週末は、自宅および研究室で崩れた本の後片付けや、動いた家具の据え付け直しなどをしていました。ところが、背伸びをして天井近くでの作業を重ねていたからでしょうか、まずいことに腰痛になってしまいました。度重なる余震、頻繁に流れる緊急地震速報の警告などのたびに、身構えてしまうのも、腰痛を悪化させたかもしれません。
そうこうしているうちに(地震の翌日以降)、スーパーから、パン・惣菜・弁当・カップラーメンを皮切りに、日配食品、コメ、乾麺などもあっという間になくなっていきました。不安心理からの買い占めによるものでしょう。ただし、わたしの自宅の近くでは、地震で断水した地域があり、断水となると調理が難しいですから、これらの地域の方々が、調理せずに食べられるものを大量に買い出しにやってこられたようで、これが店頭での品薄という事態を悪化させたようです。
毎日の食料の入手にきわどい思いをする日々が続くなかで、追い討ちをかけるように計画停電。あったりなかったりですが、停電の前後に電気を要する家事をこなしつつ、停電前にはパソコンを切っておく必要がありますので、ちっとも仕事にならない状況です。そんなこんなで、あっという間の一週間でした。
しかし職員の方はもっと大変だと思います。何せこの間、大学内の停電と断水、(さらに、ひょっとするとろくにありつけない食事)という状況のなかで、日常業務をこなしつつ、合格手続きやら、入試・卒業式の予定変更に伴い発生する業務などをこなしているわけですから。今日は学長から、大変丁寧に労をねぎらうメールが教職員宛に配信されました。学長の気配りに、深く感じ入りました。
わたしは、十代の頃に、三陸地方の沿岸部に住んでいました。今回の被災地の一つです。この地の友人との連絡がまだ取れていませんが、公共機関の職員ですから、きっと被災者の支援に走り回っているに違いないと、固く信じています。
ところで首都圏での生活に関連して一言触れると、今回の地震と停電で、何か特定のものに集中・依存するリスクを、首都圏民は「皮膚感覚」で理解できるようになったのではないかと思います。電力供給源の一極集中(福島の原発に依存しすぎだった)。電力というエネルギー源への一極集中(ガスを使わないオール電化では、停電で煮炊きも暖房もアウト)。そして首都機能そのものの一極集中。特定のものに集中・依存せず、いろいろなものに分散させておくのが、何かあった時に被害を小さくするカギであるように思います(したがって、日本経済の低迷で、すっかり聞かなくなった首都機能移転論が、再活発化するかもしれません)。じつはこれは思想も同じです。特定の考え方以外を排除するような社会は、効率が良いように見えて、流れが変わったときに、太刀打ちできなくなります。多様性が大事です。
最初の週末は、自宅および研究室で崩れた本の後片付けや、動いた家具の据え付け直しなどをしていました。ところが、背伸びをして天井近くでの作業を重ねていたからでしょうか、まずいことに腰痛になってしまいました。度重なる余震、頻繁に流れる緊急地震速報の警告などのたびに、身構えてしまうのも、腰痛を悪化させたかもしれません。
そうこうしているうちに(地震の翌日以降)、スーパーから、パン・惣菜・弁当・カップラーメンを皮切りに、日配食品、コメ、乾麺などもあっという間になくなっていきました。不安心理からの買い占めによるものでしょう。ただし、わたしの自宅の近くでは、地震で断水した地域があり、断水となると調理が難しいですから、これらの地域の方々が、調理せずに食べられるものを大量に買い出しにやってこられたようで、これが店頭での品薄という事態を悪化させたようです。
毎日の食料の入手にきわどい思いをする日々が続くなかで、追い討ちをかけるように計画停電。あったりなかったりですが、停電の前後に電気を要する家事をこなしつつ、停電前にはパソコンを切っておく必要がありますので、ちっとも仕事にならない状況です。そんなこんなで、あっという間の一週間でした。
しかし職員の方はもっと大変だと思います。何せこの間、大学内の停電と断水、(さらに、ひょっとするとろくにありつけない食事)という状況のなかで、日常業務をこなしつつ、合格手続きやら、入試・卒業式の予定変更に伴い発生する業務などをこなしているわけですから。今日は学長から、大変丁寧に労をねぎらうメールが教職員宛に配信されました。学長の気配りに、深く感じ入りました。
わたしは、十代の頃に、三陸地方の沿岸部に住んでいました。今回の被災地の一つです。この地の友人との連絡がまだ取れていませんが、公共機関の職員ですから、きっと被災者の支援に走り回っているに違いないと、固く信じています。
ところで首都圏での生活に関連して一言触れると、今回の地震と停電で、何か特定のものに集中・依存するリスクを、首都圏民は「皮膚感覚」で理解できるようになったのではないかと思います。電力供給源の一極集中(福島の原発に依存しすぎだった)。電力というエネルギー源への一極集中(ガスを使わないオール電化では、停電で煮炊きも暖房もアウト)。そして首都機能そのものの一極集中。特定のものに集中・依存せず、いろいろなものに分散させておくのが、何かあった時に被害を小さくするカギであるように思います(したがって、日本経済の低迷で、すっかり聞かなくなった首都機能移転論が、再活発化するかもしれません)。じつはこれは思想も同じです。特定の考え方以外を排除するような社会は、効率が良いように見えて、流れが変わったときに、太刀打ちできなくなります。多様性が大事です。
2011年3月17日木曜日
妹尾への連絡について
職場である千葉大学は、停電の第1グループになっています。また千葉大学は、停電時間の30分前より、大学のメールサーバーを止めるとのことです。さらに停電復旧後、サーバーの処理が増えるためだと思いますが、メールの送受信に遅延が生じているようです。これらの諸事情により、メールの送受信に通常よりも時間がかかっております(国内からの送信でさえ、到着までに数時間かかることもあります)ことを、どうぞご理解下さいませ。
なお、千葉大のメールサーバーが止まっていても、こちらにメールそのものが届かないということは、原則としてないはず(千葉大のサーバーが復活するまで、送信側のサーバーに留め置かれるだけ)なので、何時送信されても構いません。
なお、千葉大のメールサーバーが止まっていても、こちらにメールそのものが届かないということは、原則としてないはず(千葉大のサーバーが復活するまで、送信側のサーバーに留め置かれるだけ)なので、何時送信されても構いません。
2011年3月11日金曜日
2011年3月10日木曜日
公開シンポジウム「武力紛争から国家建設へ」
今日は、タイトルのシンポジウムを聞くために、市ヶ谷のJICA研究所まで行ってきました。決してメジャーとは思えないテーマですが、にもかかわらず150人の定員が満員で、ビックリしました。実際、聴衆にも著名な研究者が多数集まっていました。もう一つ、若い聴衆が多かったのも印象的でした。どこかの大学院生でしょうか。
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