2014年6月14日土曜日

木下悦二・九州大学名誉教授の研究報告を拝聴しました

木下悦二・九州大学名誉教授が、福岡から上京されて、明治大学で研究報告をなさるというので、聞きに行ってきました。

「二十一世紀世界経済の暁鐘:今次金融危機が孕む問題点」
http://www.meijigakuin.ac.jp/~wakui/s2kinosita140614.pdf


木下先生は、1920年生まれ。本年94歳ということになります。1950年に日本国際経済学会の創立総会が東京で開かれた際、全国から25名の研究者が集まったそうで、そのときにその25名で集合写真を撮ったのだ、という話を木下先生から聞いたのは、わたしがまだ大学院生だった9年前の2005年の日本国際経済学会第64回全国大会の懇親会の場でのことです。文字通り、日本国際経済学会の生き字引であると言って間違いないでしょう。

94歳で東京に出てきて研究報告をされるというのもすごいのですが、他にも驚かされたことが多々ありあました。そのいくつかを記すと、まずひとつは、パワーポイントを使って報告なさっていたこと、もうひとつは、最近欧米で話題になっているフランスの経済学者ピケティの『21世紀の資本論』に言及されたり、インターネットを駆使してFinancial TimesやBloombergの記事を追いかけているなど、最新の研究動向・経済状況の把握に熱心に努めておられること、そして最後に、1時間半の報告のあと休憩を挟んでの1時間半の間の質疑応答において、すべての質問に対して、必ず立ってリプライしていたことです。この「立ってリプライ」という姿を目の当たりにして、わたしなどは木下先生の体力に畏れ入ると同時に、思わず姿勢が伸びてしまいました。また、控えめに言っても実年齢より10歳ぐらいはお若く見えるように思われます。

研究報告の内容でも、大いに勉強になりました。そのうち、大きく印象に残ったこととして、2つ記しておきたいと思います。

ひとつは、20世紀の世界経済を規定した要因の一つとして、レーニンの死後にトロツキーを退けて一国社会主義の立場をとったスターリンと、それによるソ連の急速な工業化の成功が、後進国の開発戦略としての輸入代替工業化に大きな影響を与えた(輸入代替工業化の有効性を実証したと受け止められた)、という指摘。この指摘については、質疑応答で異論も出ていたのですが、わたしはむしろ木下先生のご指摘に納得しました。1950年代以降の植民地解放運動や後進国の国家建設に向けた動きを、わたしは文献でしか知ることができません。他方で、木下先生は、当時の熱情と雰囲気を同時代史として観察してこられたわけで、このあたりの回顧的な指摘と発言に、実感がこもっておられたのが印象的でした。

もうひとつは、アメリカの資本主義の変容を次のように捉えるという指摘。すなわち、①「レーガン政権期の規制緩和で機関投資家によるジャンク債投資が活発化→1980年代にLBOブームが拡大→企業は株価が低迷していると乗っ取られるのでその経営者は株価の向上に努める→自社株買いが活発化し、これに関連してストック・オプションの付与が流行→金融資産の有無により格差拡大」、②「脱工業化が進む中での2000年代以降の米国製造業の発展は、コンピューターおよびエレクトロニクス部門にほぼ限定されるが(例外は航空機部門)、この部門とて、フォックスコンをはじめとするアジアの受託製造業と、インド等のIT-BPOに依存していて雇用を生まない→中産階級が没落・格差拡大」、という2つの動きが組み合わさった結果、アメリカ資本主義はこれまでとは異質な資本主義に転化した、という指摘です。この指摘によって、なぜアメリカでOccupy Wall Streetといった動きが出てきたのか、あるいはなぜ「1%対99%」といった問題提起が出てきたのか、その歴史的根源とそれを促した構造変動とが、よくわかりました。このあたり、「視野を広げ、かつ時間軸を広げて見ていかないと、現下の動きを的確には把握できないのだ」ということを思い知らせてくれるよい例証になっていると思いました。また、大きなスケールで物事を捉えることによって本質を浮かび上がらせる点は、時に木を見て森を見ずになってしまっていることのある昨今の学界のあり方を反省させてくれるもの、でもあるかと思います。

その他、米国のQE1、QE2、QE3の相違点の整理とか、欧州諸国の金融危機の類型的整理(アイスランド・アイルランド:銀行部門が対GDP比で見て過大な規模に膨れ上がっていた、中東欧:冷戦後に西側外国銀行の支配が進んだが、その親会社である西欧の銀行が金融危機の影響をうけて融資が引き上げられた、南欧:財政赤字により国債暴落)など、これまで個別的・断片的にしかわかっていなかったことのわかりやすい概観なども、勉強になりました。じつのところ、この種の事項に関する細かな研究報告は内外に山のようにあるのですが、国際金融を専門にしていない、わたしのような国際経済研究者にとっては、細かすぎてかえって本質がつかみにくく、よくわからなくなってしまう。なので、これらの簡にして要を得た概観は、とてもありがたいものでした。と同時に、これは、学術研究においては細かく掘り下げていくことが基本ではあるものの、しかしどこかで「綜合」「統合」が必要なのだ、ということの確認につながっていくと思います。

研究報告内容ももちろんですが、学問のあり方、学者としての生き方など、研究内容以外でも勉強になったご報告でした。

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