2013年11月1日金曜日

映画「標的の村」を見て

映画「標的の村」を見ました。

2009~10年の民主党・鳩山政権のおかげで、沖縄の米軍基地問題、とりわけ普天間基地の辺野古移設問題は、よく知られるようになったと思います。しかし、依然としてあまり知られていない沖縄の基地問題が、あります。沖縄本島の東村(ひがしそん)高江地区の米軍ヘリパッド新設問題は、その一つです。

これに反対して工事車両を入れまいと道路に座り込んだ高江の住民に対して、日本国政府は、「通行妨害」という名目で、住民15名を裁判に訴えるという、前代未聞の動きに出ました(現在、裁判は継続中)。これは、いわゆるSLAPP訴訟(反対意見を封じ込めることを目的として、権力のある側が個人を訴える裁判のこと)であると思われます。アメリカでは、SLAPP訴訟は多くの州で禁じられているそうですが、我が国ではこうした訴訟を、政府が率先して行なっているという、たいへんに情けない状況です。

しかも、被告にされた住民15名のなかには、反対現場に行ったことさえない7歳の子供が含まれていたのです。これがSLAPP訴訟でないとしたら、いったい何なのでしょう。

この映画は、もともと高江地区とそこで暮らす人々に焦点をあてた琉球朝日放送によるテレビドキュメンタリー番組でしたが、全国的な反響をうけて、また最近のオスプレイ配備の動きなどをうけて、大幅に拡張された、見ごたえのあるドキュメンタリー映画です。沖縄で基地をめぐり繰り広げられている多様な暴力(それは、直接的なものとは限りません)が、日々の報道を生業とするテレビ局のカメラならではの迫力で、生々しく描き出されています。その迫力はすさまじく、多様な暴力の一つ一つを、涙なしで見ることは、とてもできません。

「高江にゼミの学生を連れて行ったら、住民から話を聞いた女子学生がぼろぼろ泣き出したよ」とは、関西のある大学に勤める友人が昨年に私に語った言葉ですが、こう聞かされたとき、正直言ってよくわからなかった。ですが、この映画を見て、はじめて、その女子学生の気持ちがわかった気がしました。それにしても悲しくなるのは、こうした多様な暴力が、東京の主要メディアではほとんど報道されていない、ということです。特にテレビがひどい。

「標的の村」という映画のタイトルは、もともとベトナム戦争の時代に、当時沖縄を支配していたアメリカが、高江の住民を駆り出し、彼らにベトナム人の役割をさせながら戦闘訓練を行なっていたことに由来しているようです。このこと自体、驚きですが、映画を見ていてもう一つ驚かされたことがあります。それは、この訓練において、枯葉剤が使われたという元米軍兵による指摘です。枯葉剤が米軍統治下の沖縄でも使われていたのがもしも事実なのだとしたら、たいへんなことだと言わねばならない。

映画でもっとも印象的だったのは、たしか最後のほう、普天間基地のゲートでの座り込みを排除すべくやってきた警察官に対峙した女性の一言です(このシーンは、Youtubeにアップされたこの映画の予告編でも見ることができます)。沖縄の基地をめぐる構図の本質として、監督の三上智恵さんがもっとも伝えたかったことは、これだったのではないか。そう思いながら、帰宅後に、彼女のインタビューをネットで探し出し、おそるおそる読んでみましたが、どうやら私の理解で間違っていなかったようで、少しホッとしました。

この映画で優れていると思うところはたくさんありますが、その一つは、沖縄の音楽文化の豊穣さをうまく取り入れている点です。沖縄の人々の生活に根付いている唄や音楽が、ストーリーのなかでじつに効果的に取り入れられ、紹介されていて、見る者は感情を揺さぶられる。おかげで、内容はシリアスでありながら、単に硬派なだけのドキュメンタリーとは一線を画した映画になっています。このように映画のなかで音楽をうまく使っていることは、三上さんが沖縄民俗に精通していることと無縁ではないような気がします(まったく勝手な推測の域を出ませんが)。

Wikipediaによれば、三上さんは、千葉県の東葛飾高校のご出身だそうです。千葉大では、東葛飾高校の卒業生がたくさん学んでいますが、彼らには、母校の先輩が作ったこの素晴らしい映画を、ぜひ見て欲しい。もちろん東葛飾高校の卒業生以外にも。そう強く願います。そして、見るときは、涙を拭くハンカチをくれぐれも忘れずに。「ハンカチは持っていったけれど、使わなかった」-そういう人とは友達になりたくはない。そんな映画です。



○映画「標的の村」公式サイト:http://www.hyoteki.com/
○琉球朝日放送「標的の村」公式サイト:http://www.qab.co.jp/village-of-target/
○やんばる東村 高江の現状:http://takae.ti-da.net/c144676.html



2013年10月16日水曜日

卒業生から朗報が舞い込みました

昨日晩、ゼミOBのH君から、携帯に着信がありました。H君は礼儀正しく律儀な男ですので、その日に合格発表のあった千葉県の教員採用試験の結果を知らせる電話に違いない。そう思いながら電話を取ると、明るい第一声です。「これは、きっと合格の知らせに違いない!」と思ったら、案の定、その通りでした。そして、同期のOさんも、同じく合格したと伝えてくれました。二人揃っての合格で、本当に良かったです。

さらに今日になって、今春に卒業した別のOBのS君からも、メールがあり、やはり千葉県の教員採用試験に合格したとのうれしい知らせを貰いました。故郷に戻って臨時採用の講師をしながらの再チャレンジでしたが、来春から千葉県に戻れるようです。

これで、正規採用の教員を目指しながら卒業時にはその職に就けず、臨時採用で頑張っていたOB・OGが、すべて正規の教員採用試験に合格してくれたことになります。一説によると、このところ、採用側は新卒者の合格率を絞っており、臨時採用で1~2年経験を積ませながら適性を見極めたうえで合格させる傾向にあるとも聞きますが、ともかく皆さん臨時採用という試練によく耐えて合格してくれました。おめでとう!私としてもうれしい限りです。また遊びにいらしてください。


2013年10月5日土曜日

第35回コーヒーサロン 「ルワンダ・コーヒー:涙を越えて」(名古屋会場)

東大の池本先生が主催されている「コーヒーサロン」の第35回「ルワンダ・コーヒー:涙を越えて」に出席するべく、名古屋まで足を運びました。以前(7月)に東京で内容的に似通ったセミナーが開催されていたのですが、土曜日にもかかわらずの校務で足を運べず、大変悔しい思いをしていたところ、名古屋開催があったのでこれ幸いと出かけた次第です。

そもそも「ルワンダ+コーヒー」というのは、アフリカ研究としても、国際政治学としても、さらには一次産品経済論としても見過ごせないテーマです。それを、日本でもっともコーヒー栽培に精通した川島良彰氏が語るわけです。しかも7月の「未来世紀ジパング」でも、そのご活躍ぶりを見たばかり。こんな素晴らしいチャンスを二度も逃すわけには絶対にいきません。そう思いながら会場に到着して、受付の方から「どちらから来られたのですか」と聞かれて「千葉からやってきました」とお話ししたら、たいへん驚かれました。まあ、そうでしょう。しかし、かつてベトナムのコーヒー農家までヒアリングに出かけたことがありますが、だいたいコーヒーというのは標高の高いところで生産されるので、その農家を訪ねようとなると「街灯なし、ガードレールなし、舗装なし」の山道を行くことになりがちです。それに比べたら、新幹線であっという間の名古屋に行くのは超ラクチンです。どうってことはありません。

セミナーの内容は、期待に違わず大変に素晴らしいものでした。半日でこれほど充実した情報収集ができたのは何年ぶりでしょうか。川島氏の話ももちろん興味深かったですが、伊藤亮太氏のルワンダコーヒー論がたいへんに有益な内容でありました。質疑応答の後にご挨拶をさせていただいたら、小生のかつての論文も読んで下さっていたとのこと。ありがたい限りです。

この数年、コーヒー研究からは遠ざかって別の一次産品の研究を手がけてきましたが、実は数ヶ月ほど前にコーヒー関係の統計を久方ぶりに眺める機会があり、この数年の変化にいろいろと思うところがありました。こうしたなかで、伊藤氏からルワンダコーヒーの「進化」を知らされることとなり、すこし「血」が騒いだ次第です。

すばらしいセミナーを開催してくださった池本先生にも御礼を申し上げます。

2013年9月10日火曜日

東京ガス袖ヶ浦工場を見学しました

ゼミでは、毎年夏休みに、経済施設の見学に行くことにしています。行き先については、ゼミ生に候補を挙げてもらって投票で決めていますが、今年の訪問先は「東京ガス袖ヶ浦工場」。世界最大級のLNG(液化天然ガス)受け入れ基地です。こちらでは、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、カタールなどから天然ガスを受け入れているそうです。

日本の場合、欧州とは異なり天然ガスを輸入できるパイプラインがないので、輸入モノはすべてタンカーに頼ることになります。このとき、産地で気体のガスを冷却しマイナス162度以下にすると容積が600分の1となって、かさばらずに都合がよい。そうやって冷却・液化されて運ばれてきた天然ガスを受け入れ、気体に戻すのがこの袖ヶ浦工場です。

ところで、敷地内に多数あるLNGタンク(当然、極低温の液体が入っています)の周りには、断熱材があるそうですが、その外周にはヒーターを張り巡らせているそうです。これは、そうしないと、マイナス162度の大量のLNGが、凍土を拡大させていってしまうからだそうです。たしかに大量の極低温の液体を地中に保管していると、凍土も出来てしまうのでしょう。

今回、見学先の東京ガスの方に教えていただくまで知らなかったことが幾つかありましたが、そのひとつが「LNGはタンカーでの輸送中に冷やし続けているわけではなく、保冷をしっかり行なっているだけ」ということです。かねてよりLNGのタンカーの写真を見て、「あれは途中で気化しないよう冷却装備でずっと冷やし続けながら日本に運んでいるのだろう」と思い込んでいたのですが、完全に勘違いをしておりました。ひとつ賢くなりました。

日本側の受け入れ基地を見学したので、今度は産地側の冷却・積み出し側も見てみたいと思いました。これはそう簡単ではないでしょうが、カタールでもインドネシアでもマレーシアでもどこでも良いので、いつか実現させたい。ついでに、タンカーに乗ってそのまま日本まで旅してみたいものです(海運業界を担当している新聞記者の方だと、こういった経験をお持ちの方がおられるようですが・・・)。










2013年6月13日木曜日

千葉大ユニオン事務局長の任期を終えて

今日は千葉大学ユニオンの第10回定期総会がありました。昨年6月11日の定期総会以来、1年間に渡って事務局長を務めてきましたが、おかげさまで何とか任期を終えることができました。この間、臨時給与特例法をうけて給与の平均7.8%引き下げ、退職手当の段階的な15%引き下げ(生涯年収で500万円ほどの減少です)、さらには労働契約法の改正など、国立大学(法人)史に残る大改悪に幾度も遭遇することとなりました。「通常であれば数年分の課題が一遍に降って来た1年だった」という感想を強く持ちました。また、国立大学が直面する課題や、学術研究のあり方など、いろいろと思うところが多くありました。

役員の仕事は初めてでしたが、やはり何事も経験してみるものです。普段は付き合いのない他学部・他キャンパスの方とお話しをして、彼我の違いに驚かされることが多くありました。大学全体を俯瞰的に見る視点と機会を得たことも良い経験になりましたし、他学部の方と知り合いになれたことも、貴重な財産になりました。かつてユニオン役員を務めた学内の先生や、他大学の組合に出かけて話を聞いてきたりしたのも、楽しい思い出です。

とにかく、書物を読んでいても決して学べないことを多く学べましたのが良かったです。好き好きや得手不得手もあろうかと思いますが、関心のある方や特に若い方には「機会があったら、是非一度、やってみて下さい」とおすすめしたい。「研究の時間を割かれる」と尻込みされる方もおられるかと思いますが、人は研究だけのために生きているのではないし、何より研究は基本的には長期戦であって、少々遅れてもあとからまた取り返すことができると思います。

何とか1年間の役目を終えることができたのも、支えてくださった仲間の役員、および組合員の皆さんのおかげだと感謝しています。特に総会には、教育学部から多くの組合員に参加していただき、心強かったです。この場で、御礼を申し上げます。


1年間、どうもありがとうございました。次期の役員の方々のご活躍をお祈りしています。


2013年3月22日金曜日

卒業式

今日は卒業式でした。2007年に千葉大に着任して、2009年の春に最初のゼミ生の卒業生を送りだしてから、今年で第5期生を送り出すことができました。

卒業生のご活躍をお祈りしています。


2013年3月6日水曜日

パネル討論会「ロシアのエネルギー資源にどう向き合うか-ロシア・カードの使い方」

環日本海経済研究所とユーラシア研究所の共催によるパネル討論会「ロシアのエネルギー資源にどう向き合うか-ロシア・カードの使い方」に参加するために、立正大学まで出かけてきました。

わたしはロシアについては全く不勉強ですが、エネルギー資源のうち特に石油については論考を発表したことがありますし、いくつかの授業で、石油について講じてきた経験もあります。したがって、エネルギー資源論は、まったくの門外漢ではありません。しかしながら、その討論会では、新聞や雑誌で流布している通説を批判する指摘がいくつかなされており、これらがたいへん勉強になりました。やはり特定の各地域をフィールドにしている方々の発言は、圧倒的なディティールに裏付けられており、傾聴すべきものがあります。

立正大学には初めて足を運びましたが、交通の便が良い上に、会場となった建物がきれいで、「さすがは私学」と唸ってしまいました。